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3.私の言葉など真に受けないで
王太子殿下とリーチェはどこかの部屋に入ったのだろうか。外から話し声は聞こえなくなった。
バーナード卿もそれを感じたらしく、失礼いたしましたと言って私から手を離すと近くのランプに火を入れる。
灯がともったことで、バーナード卿の姿がはっきりと見えるようになった。彼は決まりが悪そうな表情を浮かべている。
「アリシア様、改めまして手荒な真似をして誠に申し訳ございませんでした」
「いいえ。助かりました。ありがとうございます」
礼を述べた後、気まずい沈黙が続く。
「あの。バーナード卿はなぜこちらへ?」
「申し訳ありません。ふらふらしたご様子で会場を出て行くアリシア様のお姿を見て心配になり、追ってしまいました」
「そうですか。お気遣いいただいて、ありがとうございます」
気付かなかったが、その時にはもう酔いが回っていたらしい。バーナード卿に見られたということは、他の人にも見られてしまったのだろうか。その醜態が殿下の耳に入れば、自分のことは棚上げしてまた苦言を呈されるに違いないい。――気が重い。
しかしそれよりも、バーナード卿の目に私はどう映ったのだろう。
「みっともないですよね。はしたなく酔っ払い、婚約者の裏切りを目の当たりにした女の姿だなんて。淑女としてはあるまじき姿です」
「……いえ」
なぜかバーナード卿が肯定するわけのないことを自虐的に口にしてしまう。お酒のせいだろうか。
「ですが、本当は二人が恋仲であることはずっと前から知っていたのです」
「え?」
バーナード卿は驚きの表情に変わる。そんな彼の姿を見たことがない気がして、何だか可笑しくなる。
「あなたはいつも隠そうとしていましたが、分からないはずがないではありませんか」
きっと先日の殿下とのお茶会の時も、バーナード卿が待機していた奥には、リーチェと睦み合う殿下の姿があったのだろう。
「今回、殿下があなたを妹のエスコート役にしたのも、妹に他の男性が寄り付かないように監視させる他に、あなたなら簡単にエスコート役から外して二人の時間を作ることができると考えたからでしょう?」
バーナード卿は表情を変えない。しかし先ほどと違って肯定もしないが、否定もしない。
「図星のようですね。けれど優秀な護衛騎士様でも、女性の勘の良さまでは読み切れなかったみたいですね」
ふわふわした酔いにも押され、たまらずくすくすと笑いをこぼす。
「……アリシア様」
「ですが王侯貴族の結婚は政略的なもの。互いの家が利益を生むための契約です。どれだけ想い合っていたとしても、わたくしたちの婚約は破棄することができません。誰にも。誰にもです」
「アリシア様、酔われているのでしょう。どうかお座りください」
私へと伸ばそうとしたバーナード卿の手を払うと、その手を自分の胸に当てた。
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