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「アリシア様。どうか――」
「わたくしが」
私はバーナード卿の言葉を遮る。
「わたくしが傷ついているとでもお考えですか? わたくしのことを気の毒な女だと同情されますか? いいえ。わたくしはしょせん盤上の駒。国王陛下の指先一つで動かされる駒。駒は意思など持たないのです。持ってはならないのです。意思など持たない駒は心が傷つくこともない。それとも、そんな意思を持たないわたくしを哀れな女だとお思いですか?」
二人の関係に気付いた最初こそは驚き、胸が痛んだことがあった。けれど自分がただの駒であると認識すると痛みが嘘のように消えた。誰かを、バーナード卿を恋慕う気持ちも心の奥底に沈めることができた。
「いいえ。わたくしは哀れな女ではありません。だって王太子殿下も駒。リーチェも駒。わたくしの家族だって駒。ミラディア王女殿下ですら駒でいらっしゃるの。皆、皆、皆、国王陛下の駒にすぎないのですから。澄ました顔をしているあなただって例外じゃないわ、バーナード卿」
バーナード卿の両腕をつかんで詰め寄ったが、彼はただ私を静かに見つめるばかりだ。
「わたくしがこのまま大人しく王太子妃に収まれば、将来的には駒を動かす側の人間となるでしょう。その時、あなたをわたくしの――情人にしていいかしら?」
口角をわざとらしく上げて嗤うと、バーナード卿はそこで初めて心苦しそうに目を細めた。
そんな彼の姿を見てようやく我に返る。きっと今、彼の黒い瞳には歪んだ私の姿が映っているだろうと。
酔いが一気に醒めた私は、青ざめて彼をつかんでいた自分の手を力なく落とすと背を向ける。
「ごめんなさい。嘘です、嘘。酔った女の戯言です。わたくしの言葉など真に受けないで。――酔いも醒めたことですし、そろそろ戻ります。今夜はありがとうございました」
礼を述べて扉へと足を進めようとした時、バーナード卿に腕を取られ、抱き寄せられた。
「バ、バーナード卿?」
バーナード卿の厚い胸板に引き寄せられて腕の中に囚われたことで、少し早さを感じる彼の鼓動と温もりが伝わって来る。
「哀れなのは私のほうです。私は、恐れ多くも主君の婚約者であるあなたに心を囚われる愚かな男なのですから」
「……え?」
「あなたに敵対する者を討つことを望まれるのならば、私はあなたの剣となりましょう。あなたを傷つける者から守ることを願われるのならば、私はあなたの盾になりましょう。――あなたを愛することを乞い求められるのならば、私は」
バーナード卿は私に顔を寄せるとそのまま熱い唇を重ねた。
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