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4.帰途の馬車の中で
自分がするのは純愛で、他人がするのは裏切りだ、などと言うつもりはない。婚約者がいる身の自分がしたことは第三者から見れば、れっきとした裏切り行為だろう。ではバーナード卿は? 一体どういうつもりで私にあんなことをしたのだろう。憐憫? 同情? それとも……。
ぼんやりと暗闇を見つめ、今はもう消えてしまった唇の熱を確かめるように指を当てていると。
「様っ。――ねえ様! お姉様ったら!」
リーチェの拗ねた声で気を取り戻し、私は窓から彼女へと視線を移した。
私たちは馬車で自宅に向かっているところだったのだ。父と義母は別の馬車で帰途につくことになっている。
「ああ、ごめんなさい。何かしら」
「一体どうしたの。さっきからぼんやりして」
向かい側に座るリーチェは可愛らしく小首を傾げた。
「実はダンスパーティーの時、間違ってお酒を飲んで酔ってしまったの。まだ少し酔いが残っているみたい」
「あら、そうだったの? 王太子殿下がお止めにならなかったの?」
「ええ。その時は一人だったから」
「まあ! 王太子殿下はお姉様をお一人になさった時間があったの!? 酷いわ」
リーチェは可愛らしく、ぷくりと頬を膨らませた。
「お忙しい方だから仕方がないことよ」
「確かにお姉様にばかりずっと付いていられないと思うけれど、男女が睦み合う華やかな場で、長い間、お姉様を壁の花にされるだなんて。お姉様、お可哀想。私だったらあんな場に一人だなんて、恥ずかし――悲しくて耐えられないわ」
同情しているような目と言葉を私に向ける。
長い間とはよく知っているものだ。
「いいの。わたくしも会場を出て……酔いを醒まそうと庭に出ていたわ。あなたはどうだったの? 誰か良い方はいた?」
「そうね。ダンスのお誘いを受けた方、皆、素敵な方ばかりだったけれど、中でも全身で情熱的に愛を語ってくださった方がいたかしら。私こそ、その方に心と体がうっとり酔いしれちゃったわ」
彼女はぷるんとふくよかな唇で、ふふふと艶のある含み笑いをする。
「そう。良かったわね」
「ええ。――ああ! 早くその方と一緒になりたいわ」
「まだ気が早いのではないかしら。……初めてお会いした方でしょう?」
「え? ええ、そうね。だけれど私たちすっかり心が寄り添ったもの。きっと生涯愛する女性として選んでくださるはずよ」
「生涯愛する……」
ぽつりと呟いてしまった言葉が、リーチェの煽り態勢の背を押してしまったらしい。彼女は前のめりになる。
「ええ! ――あ、ねえ。お姉様は殿下にどんな言葉で愛を語っていただけるの? 教えてくださらない?」
「そんなことは誰かに話すものではないわ。同じ十七歳でもエレーヌ王女殿下は気品が違うわね。あなたも見習いなさい」
「あら。私もご挨拶が終わったエレーヌ王女殿下と少しお話ししたけれど、意外と私と同じだったわよ。エレーヌ王女殿下とすっかり意気投合しちゃったわ。今度一緒にお茶しましょうと誘っていただいたの」
「そう。だったら失礼のないようにね」
「分かってますぅ。ああ、楽しみだわ。早く――早くお誘い来ないかしら!」
リーチェは嬉しそうに両手を合わせた。
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