5.この熱が消えぬように

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5.この熱が消えぬように

「お茶会ですか?」  今日は王宮内の客間で、王太子殿下との面会となる。  私に会いたいわけでもないだろうに、いつもより日にちの間隔が短い。国王陛下にもっと私との時間を取るように言われたのだろうか。  そんなことを考えながら殿下と向かい合った。その後ろにはやはりバーナード卿が控えている。 「ああ。姉上が茶会を開くと言っていた」  殿下が目を伏せてお茶を飲んでいる隙に、私は気まずい思いをしながらバーナード卿に視線を送った。しかし彼は何事もなかったかのように、常時と変わらぬ誠実そうな目で私に目礼するばかりだ。私ばかりあの夜の彼の口づけを意識しているらしい。  私は視線を殿下に戻した。 「君はお茶を淹れるのが上手いらしいな。久々に君が淹れるお茶を飲みたいそうだ。お茶や茶菓子の用意はこちらでする。身一つで来てくれればいい。ああ。それと君の妹、リーチェ嬢も招待したいそうだ」 「ミラディア王女殿下がリーチェもお誘いくださったのですか?」  ミラディア王女殿下がリーチェをお茶会に招待するのは珍しい。 「いや。私の妹のエレーヌが君の妹も招待したいと言ったそうだ。何でもエレーヌが以前、リーチェ嬢と茶会の約束をしていたとか」  そういえば、リーチェはエレーヌ王女殿下からお茶のお誘いを受けたと言っていた。 「そうでしたか」 「ああ。だからリーチェ嬢にも伝えておいてくれ。日時はまた後日知らせよう」 「承知いたしました」 「では用件も伝えたし、私はこれで失礼する。君はゆっくりお茶を楽しんでいけばいい」  大半のお茶を残して立ち上がった殿下は、以前と同じ言葉を放つ。 「いいえ。わたくしももう失礼いたします」 「そうか? ではバーナード、後は頼む」 「承知いたしました」  私は立ち上がって礼を取る。 「殿下、本日はご招待いただき、ありがとうございました」 「ああ」  それだけ言うと殿下は私に振り返りもせず、出て行った。  若い独身男性がいる部屋に妙齢の女性を残して去って行く殿下は、私の評判など気にもかけていないのだろう。今さら彼に期待するところはないが、心の中でため息をついてしまう。 「アリシア様」 「は、はい!」  考え事をしていた私は、バーナード卿に声をかけられて、びくりと肩を揺らす。  過剰に反応してしまった。 「失礼いたしました。馬車までお送りいたします」 「……はい」  彼は二人きりになってもいつもと変わらない。あの日は、やはり私を気遣ってくれただけのことだったのだろう。彼の厚意を好意と受け取ってはいけない。 「お願いいたします」  長い廊下を沈黙で終えた後、私たちは外に出た。  庭にまばらに人がいるのが見えるが、私たちが話したところで周りに聞こえるほどではない。 「バーナード卿」  一歩後ろに控えるバーナード卿に声をかける。あの日のことを謝罪することにしたのだ。 「はい。何でしょう」  答える彼の口調もいつもと変わらぬ温度だ。 「先日は醜態をお見せして誠に申し訳ございませんでした」 「いいえ」 「お恥ずかしい限りでございます。あの夜のことはどうかお忘れください」  彼からの返答はない。了承したということだろう。またそのまま馬車まで無言の時間が続いた。そして馬車の前までやって来たところで私は振り返った。 「お見送りいただき、ありがとうございました」 「いいえ。お手をどうぞ」 「ありがとうございます」  彼の手をそっと取って階段を上ろうとした。しかし指先を握られて動きを止められる。 「バーナード卿?」 「アリシア様はお忘れになっても構いません。ですが私は忘れません」 「え……?」 「どうぞお気をつけてお帰りください」  バーナード卿は微笑すると私の手を離した。  私は馬車の中で、バーナード卿が握った指先の熱が消えないようにと、自分の手を包み込んだ。
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