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9.面会に来たリーチェ
「嫌だわ。酷い臭い。薄暗いし、埃っぽくて気持ち悪いわ。とてもじゃないけれど、人がいるような場所じゃないわね」
声が先行し、それを追うようにして現れたのはリーチェだった。彼女は場に似合わぬ華やかなドレス姿で現れた。
「お姉様、ごきげんいかがかしら。――あら、あなた」
「リーチェ侯爵令嬢にご挨拶いたします。シメオン・バーナードにございます」
書類を抱えたシメオン様が、きびきびと礼を取る。
「……どうしてあなたがここに?」
「アリシア侯爵令嬢の事情聴取に参りました。リーチェ侯爵令嬢はご面会でしょうか。誠に申し訳ございませんが、身内の方といえども格子越しでの面会とさせていただいております」
リーチェは不審そうに眉をひそめている。一方、シメオン様は私に背を向けていて表情は見えないが、落ち着いた口調で動揺は見えない。
「ああ、ええ! もちろんよ! こんな牢屋の中に入るだなんてとんでもないわ! ――あ、いえ。もちろんここの規則はきちんと守らせていただくわ」
「失礼いたしました」
そう言ってシメオン様は、私に振り返らず牢屋の外へと出ると鍵を閉めた。
「それでは私はお先に失礼いたします。お帰りの際には看守にお声がけいただきますよう」
「ええ。ご苦労様」
シメオン様は最後に私とリーチェに一礼すると去って行った。
我知らずその背中を視線で追っていると。
「何、その視線。まるで彼に恋しているみたいね」
リーチェの言葉にはっと我に返る。
あくまでも第三者の調査官として振る舞っていたシメオン様の言動が、私のせいで水の泡になってしまう。
「きちんと調査するとおっしゃってくださったからよ。祈る気持ちで見送ったの」
「ふぅん。まあいいけど。それにしてもお姉様ったら、酷い格好ね。お可哀想」
彼女は一度眉尻を下げた後、まるで口元の笑みを隠すように口の前で手を重ねた。
「でもお怪我はないようね?」
「ええ」
「そっ」
リーチェは何だかつまらなそうな表情だ。彼女は自分の髪を人差し指でくるくると巻く。
「あなたは大丈夫だったの」
「もちろんよ! だって私は何も悪いことはしていないもの! 捕まる理由がないわ」
「わたくしだって何もしていないわ」
「あら、だってお姉様は、ミラディア王女殿下の婚約者に懸想していらしたのでしょう? ミラディア王女殿下のことを憎らしく思っていらっしゃったんでしょう? それで毒殺しようと考えたのよね?」
「違うわ!」
「きゃっ!」
鉄格子をがしりとつかんでリーチェに迫ると、彼女は身を縮めて怯えるような素振りをする。
「お姉様ったら、怖いわ。牢屋に入れられて性格が歪んでしまったのではない? それともここにきて本性が出たのかしら」
「――っ。あなたなの?」
「は? 何が?」
「あなたがやったの? 毒の瓶はわたくしの鞄から出てきたと聞いたわ」
私は家の侍女から鞄を受け取った後、中身を確認しなかった。毒の瓶は騒ぎに乗じて入れなくてもいい。身内なら王宮に着く前から、忍ばせておくことだってできるのだ。
「まあ! 怖い怖い。証拠もないのに自分が犯罪者になりたくないからって、私に押し付けようとするなんて」
リーチェは怒るどころか、余裕げにせせら笑った。
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