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「第一、私がミラディア王女殿下を殺害する動機は何だと言うの?」
「それは……」
リーチェの言う通りだ。ミラディア王女殿下とリーチェにはほとんど接点がない。彼女の言う通り、殺害動機が全く見当たらないのだ。実際、証拠もなければ根拠もない。
私は唇を噛みしめる。
「ええ、答えられないでしょうね。だってお姉様が犯人なのだもの!」
「違う!」
「――ねえ」
リーチェは笑みを消すと内緒話するように私に近付き、低く小さな声にした。
「早く自分が殺害を企てましたって、白状してよ。私たち家族もすごく迷惑しているの。お姉様が素直に白状すれば、家門まで罪に問わないように国王陛下にかけ合うと王太子殿下は言ってくださっているのよ」
「王太子殿下が」
「ええ!」
「……それで? わたくしを排除した後、あなたが王太子妃の後釜に座るつもり?」
するとリーチェはそこで初めて目を瞠った。しかし直後、すぐに軽快に笑い出す。
「何だ、知っていたの。ざーんねんっ! 刑が執行される直前に教えて、さらに絶望するお姉様の顔が見たかったのにぃ!」
「なぜよ。なぜこんなことを……」
「だあって。殿下、私を愛妾にするって言うのよ? 私、やっぱり愛妾より王妃になりたいもの。愛妾って、結局は日陰の女じゃない。お姉様にはこんな陰鬱とした場所はお似合いでしょうけれど、私には不釣り合いでしょう。私は陽の光を浴びて輝き、皆に憧れの目で注目されていなきゃ! そのためにはお姉様が邪魔なの。私の目の前から消えてもらわないとね」
リーチェは私の誘導に引っかかり、楽し気に語る。
「……そう。やっぱりあなたが仕組んだことなのね」
「あ」
失言に気付いたリーチェは自分の口を押えたが、すぐに肩をすくめた。
「まあ、いいわ。どうせ牢屋に入っているお姉様にできることは、何もないもの。お・可・哀・想!」
そう言って挑発するように私の唇に人差し指で触れる。
私が顔ごと振り切ると、罪人のくせに生意気ねと片眉を上げたが、ふと何か思いついたかのように口角を上げた。
「そうそう。刑の執行まで、お姉様にお似合いの汚くて薄暗いこの生活を存分に楽しんでいただくために、最後の希望の光も消してあげる。バーナード卿の調査を中止させて、ここにももう入れないように、殿下にお願いするわね」
「なっ――」
するとリーチェは目を大きく見開き、心底可笑しそうに笑い声を上げる。
「やだっ! 何その顔、最っ高ぉ!」
ついかっとなった私は、鉄格子の間から彼女の胸元をつかんだ。
「許さないから! ここから出たらあなたを絶対に許さないから!」
「ふんっ。ここから出る時は処刑される時よ」
リーチェは笑うと一つ深呼吸をした。――そして。
「きゃああああっ! 誰か! 誰か来てぇ!」
金切り声で叫んだ。するとすぐさま二人の看守が駆けつけてくる。
「お姉様がぁ! お姉様が私に暴力を!」
慌てて離そうとしたが遅く、看守に見咎められた。
「今すぐご令嬢をお離しください。あなたに暴行を加えたくはありません」
「……はい」
私は素直にリーチェから手を離した。
私に声をかけた看守はこちらにとリーチェを誘導し、もう一人の看守は鍵を開けて入って来るや否や、いきなり警棒で私の腕を殴りつける。
「きゃあっ!」
「反抗するな! この罪人が!」
とっさに腕で顔を庇おうとしたのが気に入らなかったのか、そこから何度か体を警棒で殴られ、私はとうとう地に崩れ落ちた。
「――おい! 何をしている!? 止めろっ!」
「この女が先にご令嬢に暴力をふるったんだから仕方がないだろ」
「そのご令嬢は容疑がかかっているだけで、まだ刑罰を受ける犯人と断定されていない!」
「どうせこの女、もう刑が確定してるよ」
「それでももういい! 後は上の判断に任せるんだ!」
もう一人の看守が止めてくれたおかげで、すぐに意識を失うところまではいかなかった。しかし逆にそのせいで、心底可笑しそうに歪み嗤うリーチェの顔が最後に見えた。
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