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10.刑が執行される
あれからどれくらいの時間を牢屋で過ごしたのだろう。もう日付も分からない。ただリーチェの言葉通り、私が牢屋を出たのは刑が執行される日だった。そしてリーチェの要請によって殿下が命令したのか、それとも私に見切りをつけたのか、シメオン様が監獄を訪れたのも最初の一度きりだった。
「出ろ」
後ろ手に縛られた私は、看守から低い声で促され、よろよろとおぼつかない足取りで牢屋を出ると、広場へとやって来た。
あれほど思い焦がれた太陽の光は、私を優しく温めるものではなく、私の目を、肌を容赦なく焼き尽くすものだった。それと同時に大勢の民衆の私を罵る声が聞こえてくる。
「なぜあれほど慈悲深いミラディア王女殿下を!」
「許さないわ! 絶対に許さないから!」
「穢らわしい淫婦め!」
「お前など地獄に堕ちてしまえ!」
「さっさと死んでお詫びしろ!」
私は看守に警棒で背を押されて顔をのろりと上げると、目の前には断頭台への階段が見える。同時に汚い物を見るような目をした父と義母の姿も確認できた。二人から声は何もかけられなかった。
「上がれ」
両親を横にして一段、一段、きしむ音を立てる木の階段を上っていく。断頭台へと繋がる階段は遥か遠くにも、瞬きのごとく短くも感じた。
壇上には国王陛下、王妃殿下、王太子殿下に第二王子、第二王女がいる。さらにはどういった立場でいるのか、小馬鹿にしたような冷たい目で私を見る王太子殿下の横には、歪んだ笑みを浮かべるリーチェがいた。陛下や王妃殿下らとは目が合わなかった。
私は断頭台の横に立たされる。そこから見える光景は、王都を覆いつくすような数の、私の死を望む民衆の姿だった。
誰かが罵声と共に小石を投げつけてきた。
その小石は私の所までは届かなかったが、それをきっかけにいくつも小石が飛んでくる。足に当たり、頬をかすり、目元を切る。
民衆の気持ちを晴らすためにしばらく時間を取ったのだろうか。あるいは刑がいつまでも執行できないからだろうか。ようやく止められた。
「これよりアリシア・トラヴィス侯爵令嬢、改め、トラヴィス侯爵による除籍願いが受理され、名字を失ったアリシアの公開裁判を始める。罪状、アリシアは我がブルシュタイン王国の第一王女、ミラディア王女殿下を――」
民衆が静まったところで罪状が声高らかに読み上げられる。
もう抵抗する力も、否定の言葉を上げる気力もなかった。長く続いた孤独な監獄生活は、私の体と心をそれほどに蝕んだのだ。
「よってアリシアを――死刑に処する!」
再び怒号に罵倒、歓喜の声が民衆から上がる。
「ランドル王の名の下に、アリシアの刑を執行する。連れて行け」
淡々とした声の国王陛下に命じられ、刑史が私を断頭台まで誘導した。
「首枷をする。屈めっ!」
言うが早いか、警棒で膝裏を激しく殴られて私は地へと崩れ落ちる。そこへ刑史が首枷をはめた。
虚ろに前方を眺めたその時、シメオン様の姿が見えた。
そこで私は確信した。シメオン様は私を見限ったのではない。リーチェが王太子殿下にお願いしたから、来ることができなかったのだと。
そう思えるのは、両脇にいる騎士らに拘束されながらも激しく抵抗して、はるか遠く離れて届かぬ断頭台にいる私のほうへと必死に手を伸ばすシメオン様の姿が見えたから。
何があっても心乱れることなく、いつも平常心でいる彼が何かを叫びながら血相を変えて猛り狂う姿は、私の心を温かく穏やかにしてくれた。彼は、彼だけは最後の最後まで私を信じてくれたのだと。
そんなシメオン様の姿を心に焼き付けるために最期の瞬間まで見つめていたかったけれど、彼には私の姿を早く記憶から消してほしい。だから最後に一度だけ微笑むと、私は――涙あふれ出る目を閉じた。
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