15.冷たい牢屋にたった一人。けれど

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15.冷たい牢屋にたった一人。けれど

「ふんっ。元気そうだな」  不遜に鼻を鳴らしたのは王太子殿下だ。その腕にはリーチェが絡まっている。  私が二人の仲を知っていると言ったので、もう隠すことはしないようだ。 「殿下、このような所に何の用でわたくしに会いに来たのでしょうか」 「お前に会いに来たわけではない。警告しに来たんだ」 「警告ですか?」 「ああ。お前はリーチェをいじめたそうだな」  私は殿下に抱き寄せられたリーチェを見ると、彼女は目を閉じてぴっと赤い舌を出した。  相変わらずの子供っぷりだ。 「いじめたりしていません。わたくしは事実を述べただけです。リーチェは王太子妃、ひいては王妃の器ではないと。殿下もそれぐらいはお分かりでしょう? リーチェに王妃は務まらないと」  殿下は自分なしでは生きていけないような人間を側において、優越感を覚えたいのだろう。需要と供給は釣り合っている。しかしそれでいて殿下は、果たすべき公務のために賢明な配偶者が必要なことも知っているため、何だかんだ言いくるめてリーチェを愛妾に据え置くつもりに違いない。 「また! また言ったわね!」  リーチェは激高する。 「ね! ほら、殿下! お姉様は言ったでしょう!? 何とか言ってください!」 「まあまあ。リーチェ、落ち着け。勝手に言わせておけばいい」  私の言葉を否定しないということは、そういうことだ。 「殿下。次の殿下の婚約者は誰にいたしますか? わたくしがお勧めするのは、そうですね。各国の文化に精通し、多言語話者であるフランコ侯爵家のミシェル嬢でしょうか。それとも社交性が高く、人脈が広いコルテス伯爵家のベロニカ嬢がいいでしょうか」  甘い笑顔でリーチェをなだめていた殿下の表情が一転、強張った。  どうやら既に次の婚約者候補選びは始まっていたらしい。その中に彼女らの名があったのだろう。 「檻の中で、悔し紛れに叫びたいだけ叫んでおけばいいわ! しょせんは負け犬の遠吠えよ!」  叫んでいるのはリーチェのほうだ。  殿下はそんな彼女を苦笑いでなだめると私に視線を戻した。 「そうだ。それよりお前、私の護衛騎士を誑かしたのか?」 「……え?」 「バーナードのことだ。何やらあいつが勤務時間外にこそこそ嗅ぎ回っているみたいでな。あいつも男だったか。お前にたらしこまれるとは。――ん? どうした? 顔色が変わったな。さっきの饒舌さはどうした? 図星だったか」  殿下は、にやりと嫌な笑いを見せる。 「下品なことをおっしゃらないでください。わたくしはそんなことはしておりません。バーナード卿は摯実な方です。騎士として型通りに動かれているだけのことでしょう」 「バーナードの職務は私の護衛が第一だ。勤務時間外まで動ける体力があるなら、忠誠を誓った私に昼夜問わず、護衛についてもらわないとな」  背筋に冷たいものが走った。  リーチェとはここで鉢合わせしていないはずなのに。状況は私が直接関わっていない所でも変化するのか。  ……けれどそれは当然とも言える話だったのかもしれない。 「私は、何でも見通しているかのような、それでいて自分の本心は見せない、その取り澄ましたお前の顔が大嫌いだった」  はっと意識を殿下に戻すと、殿下は言葉通り心底嫌そうに眉をしかめている。 「頭は良かったかもしれないが、愚かな女だ。私に跪いて縋りつかなかったことを繰り返し後悔しながら、この冷たい牢屋でたった一人、最後の日まで過ごせ」  殿下はそう吐き捨てると、嘲笑っているリーチェの肩を抱いて去って行った。  そうして殿下の宣言通り、処刑の日まで誰も面会に訪れず、私はまたこの牢屋に一人残される。  けれど今世は民衆たちが起こす喧騒の中でも、アリシア様と何度も叫ぶシメオン様の悲痛の声が確かに聞こえた。  私はこの世でたった一人なんかじゃなかった。  彼の声がそう思わせてくれた。  この断罪を受ければ、またあなたに会えるのだろうか。――会いたい。会えますように。  シメオン様の声に包まれながら私はそっと目を閉じた。
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