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16.開始していたお茶会
「……って、思わない? アリシア? アリシア?」
「え? あ――はい」
ミラディア王女殿下の呼びかけにようやく気がついた私は、慌てて返事した。
私はまた事件が起こる前に戻ったらしい。今回は既にお茶会が始まっており、お茶を淹れている侍女、ダリアさんの姿が見えた。また、私の腕に包帯が巻かれているのも確認できる。
つまり、もうお茶会を欠席するという手段も取れなくなってしまっていた。
「失礼いたしました。前日緊張でよく眠れなかったものですから」
「そんなに? ああ、じゃあ、その怪我も? 今朝、ベッドから落ちたと言っていたでしょう」
「そうなのです。ぼんやり考え事をしていたらうっかりと」
私は強張った笑顔を見せた。
「へえ。あなたでも緊張することがあるのね。もっと神経が図太いのかと思っていたわ」
「まあ! 怒りますよ、ミラディア王女殿下」
「ごめんなさい。冗談よ」
ミラディア王女殿下はからからと笑う。私たちがそんな会話をしていると。
「最後の一個、もーらいっ!」
エレーヌ王女殿下がミラディア王女殿下のお皿に載っているフィナンシェに手を伸ばそうとした。しかし、ミラディア王女殿下はすぐさま自分の口の中に放り込んだ。
「あ!」
悔しそうにするエレーヌ王女殿下の一方、ミラディア王女殿下はしてやったり顔だ。
「ケチっ!」
「わたくしの大好物を取ろうとするからよ」
「ケチっ! 私だって好きなのに」
リーチェがエレーヌ王女殿下も意外と自分と同じだと言っていた。けれど、この子供っぽさは姉に対する甘えかもしれない。これが一般的な姉妹なのだろうか。では私とリーチェの関係は一体何なのだろう。母が違うとは言え、父は一緒なのに、姉妹仲は決して良いとは言えない。
リーチェは私が7歳、彼女が5歳の時にトラヴィス侯爵家に入った。つまり父は私の実の母が亡くなる前から、義母と関係があったということになる。私と母からすれば、父と義母の関係は裏切り行為だ。
しかし一方で、義母は彼女が生まれてからの5年間、私たち母娘への恨み言をリーチェに囁きながら育てたのだろうか。彼女は初めて会った時から私に敵愾心を見せていた。もしそうならば、彼女は国王陛下の駒である以前に、義母の駒だったのかもしれない。
何気なく私がリーチェに視線を流すと、彼女は機嫌良さそうにお菓子を食べている姿が見えた。
彼女が義母の駒だったとしても、そうでなかったとしても、彼女の心に芽吹いた私への悪意はもう摘み取ることができないだろう。私たちの道が交わることは決してない。
私はエレーヌ王女殿下に向き直った。
「エレーヌ王女殿下、よろしければわたくしのフィナンシェをどうぞ」
姉妹仲の良さを微笑ましくも羨ましくも思った私は、エレーヌ王女殿下へとお皿を差し出す。
「まあ! いいの? ありがとう! 喜んで頂くわ」
「こら、エレーヌ! 人様の物を頂くなんて、はしたないでしょう」
「いいえ。大丈夫です。どうぞ」
「ありがとう。アリシア嬢!」
「ごめんなさいね、アリシア。わたくしが大人げなかったわ」
ミラディア王女殿下は申し訳なさそうに眉尻を下げた。
「いいえ。大丈夫です。エレーヌ王女殿下のお喜びの笑顔が見れただけで光栄です」
「ふふっ。ありがとう。それにしてもアリシア、やっぱりお茶の淹れ方が気になるもの? 先ほどからお茶を淹れる侍女ばかり見ているじゃない」
「はい。本日はわたくしが淹れる予定でしたから」
「ええ、ええ。目つきが厳しい指導官のそれだったわよ。そんな目で見たら侍女が萎縮しちゃうわよ?」
「あ、そうですね。失礼いたしました」
ミラディア王女殿下はくすくすと笑う。
その笑顔が今の私には儚く見えて、胸が締め付けられる。――いいえ。今度こそは私がミラディア王女殿下を助けてみせる。
心の中で決意しているとお茶が運ばれてきた。
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