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ミラディア王女殿下のカップだけに毒が入っていたと言うのならば、私のカップには入っていないはず。ならば交換すればいい。
「あら、大変!」
私は口に手を当てて大げさに驚いてみせる。
「どうしたの?」
「今、ミラディア王女殿下のお茶に虫が入るのを見ましたよ」
「え?」
王女殿下は自分のカップを覗き込まれた。
「そう? いないわよ。見間違いではないの?」
「そうですか。では入った後、きっとまた飛んで行ってしまったのですね。わたくしのお茶と交換いたしますわ」
そう言いながら私は有無を言わさずカップを交換する。
「え。ちょっと。いいわよ。と言うか、それじゃあ、虫が入ったお茶をあなたが飲むことになるじゃない」
「わたくしのことなどどうでもいいのです。ミラディア王女殿下の御身に何かあったらどうするのです!」
ミラディア王女殿下は虫ごときで大げさねと若干苦笑いしながらも、私の剣幕に気圧されたようで頷いた。
「分かったわ。でもわたくしはわたくしであなたの体が気になるから、入れ替えてもらいましょう。――ダリア! せっかく淹れてくれて申し訳ないけれど、このお茶に虫が入ったみたいだから淹れ直してもらえるかしら」
ダリアさんの労をねぎらうミラディア王女殿下は、本当に心優しいお方だ。それにもしかしたら私のためにお命を狙われたかもしれないのに、私の体まで気遣いしてくださって胸が痛くなった。
「かしこまりました」
「ダリアさん、申し訳ありません。ありがとうございます」
「いいえ」
やって来た侍女のダリアさんに声をかけると、彼女は笑顔で私の席からカップを持ち去った。
彼女は前回、私に脅されて毒を入れたと証言したが、これで今回はその証言ができなくなるはずだ。
「殿下はお茶が冷めないうちにどうぞ」
「そう? ありがとう。では遠慮なくお先に頂くわね」
「はい」
カップの中身は捨てられ、事件は起こらなくなり、悪意を持った人間を特定することはできなくなったが、ミラディア王女殿下のお命を守ることが先決だ。
――そう考えた矢先。王女殿下の手からカップが離れ、ガシャンと陶器が落ちる音が響いた。
「……え?」
「きゃああああっ!?」
誰かが叫んだ。
叫んだ理由はたった一つだ。
青ざめたミラディア王女殿下が震える手で喉を押さえたのだ。
「なぜ!? そんな。そんな。そんな! ミラディア王女殿下!」
「あ、あ、あ……」
ミラディア王女殿下は目を見開いたまま声にならない声を上げ、ぐらりとその体が揺れた。
私は慌てて立ち上がると腕を伸ばしてミラディア王女殿下を支えるものの、力足らずでまた一緒に地へと崩れ落ちる。
「ミ、ミラディア王女殿下! お医者様を! 早くお医者様を!」
その声を合図に侍女や騎士たちが駆け寄り、エレーヌ王女殿下が続いて叫んだ。
「お、お姉様! お姉様! しっかりしてください! 誰か! 誰かお姉様を助けてっ!」
王女殿下のカップを自分のものと交換した上に、この言葉を言えば、間違いなく私は自分の手で自分の首を絞めることになる。……けれど。王女殿下のお命には代えられない!
「毒は――アザジンです! アザジンの解毒を!」
私は叫び、そして――監獄に入れられた。
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