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「すまない、待たせたな」
「いいえ」
オースティン王太子殿下を礼で迎えた私は、座るように促されて再び腰を下ろした。一方、彼はお茶を準備するように侍女に命じた。
王太子殿下の背後にはバーナード卿が静かに控えている。どこを見つめているのだろう。彼とは視線が合わない。
「姉上とは何を話していたんだ?」
王太子殿下の言葉にはっと我に返る。
「……ミラディア王女殿下のご結婚についてです」
「ああ。あんな姉上でも少しぐらいは感傷的になるのかな」
ミラディア王女殿下も王太子殿下を酷評されていたし、王太子殿下も皮肉気だし、あまり姉弟仲は良くないらしい。
「ミラディア王女殿下は繊細なお心をお持ちでいらっしゃいますので」
そうでなければ、ひた隠しにしているバーナード卿への想いに気付かれるわけがない。
「――はっ! 姉上が? 君の目は節穴かな」
私との会話はいつも冷えびえとしている。このお茶会も義務的に行っていることがありありと分かる。第三者が見守る中でのこのお茶会は、苦痛でしかない。早く切り上げたい気持ちは私も同じだ。
私は反論せず、ただ黙って用意されたお茶に口をつける。
「それで? 君は?」
「何でしょうか」
「勘が鈍いな。ちゃんと結婚準備をしているのかと聞いているんだ」
王太子殿下は面倒そうにため息をつくが、私たちは以心伝心できるほどの仲ではないだろうにと思う。
「はい」
幼い頃より厳しい教育を受けてきた。それは現在も続いている。
「語学や社交術やダンスの技術を磨くだけでなく、政務の仕事もちゃんとできるんだろうな」
王妃として求められるのは、主にお世継ぎを産むことや国際親善、民との交流や慈善活動だ。もちろん国王の不在時、ご病気の時など代理で公務にかかわることはあるが、政務の仕事にまでは口出さないもののはず。それをも補助しろと言うのだろうか。
もっとも殿下の婚約者となるために、同世代の女性より抜きんでた教養が必要だと色々なものを叩き込まれてきたので、やれと言われれば処理することはできると思うが。
「はい」
「そうか。ならいい」
さすがに政務を放り出して、完全に私に押し付ける気でいるとは思えないが、確認してくることに一抹の不安を覚える。
おそらく結婚しても仮面の夫婦になるだけだろう。この国では側室を持つことは許されていないが、愛妾を持つことは公的に認められていて、現国王にも公妾がいる。王妃はそれを黙認する代わりにご自身も愛人を囲っているという話がある。
私も形だけ正妃に据え置かれて、愛妾を王室に迎え入れるのかもしれない。ならば私も愛人を持つことが許されるのだろうか。
ぼんやりくだらないことを考えながら無意識にバーナード卿を見ると、彼の高潔そうな目と合って、私は慌てて視線をそらした。
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