1.婚約者は王太子殿下

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「ああ、そうだ。妹のエレーヌの誕生日祝賀晩餐会だが、君の家族も招待していると思うが」 「はい。ご招待いただきありがとうございます。家族みな、光栄に思っております」 「ああ。君の妹君、リーチェ嬢、だったかな? 彼女に婚約者はいたか?」  リーチェは母親違いの妹だ。母が亡くなった年の私が七歳の時に、義母と共に五歳のリーチェが家に入った。 「いえ。おりません」  義母がたくさんの候補者を挙げているが、リーチェはまだ個人的に誰かと会ったことがない様子である。 「そうか。ならばこのバーナード卿を彼女のエスコート役に付かせる」 「え? なぜ、でしょうか」  王太子殿下の意外な言葉に動揺してしまい、思いのほか、少し声がかすれてしまったかもしれない。 「彼女に婚約者はいないのだろう?」 「はい。ですから従弟のマクレインにお願いしたのです」 「そうか。だが、マクレインとは確かローマン子爵家の息子だろう。バーナードは今、私の護衛騎士に就いているが、父君の爵位は君のところと同じ侯爵だ。いずれ侯爵位を引き継ぐ彼のほうが、妹君に箔が付くというものだ」  とっさにバーナード卿を見たが、何物にも染まらない彼の黒い瞳には揺らぎの一つも見えない。  私は膝の上で震える手を力強く握りしめる。 「わたくしの一存ではお答えしかねます。持ち帰って相談いたします」 「この程度も一存で決められないとはな。それで果たして王太子妃が務まるのか?」  王太子殿下は鼻を鳴らした。 「申し訳ございません」 「まあいい。では私はもう行く。君はゆっくりお茶を楽しんでいけばいい」  一人でどうやって楽しめと言うのか。虚しいだけだ。 「いえ。わたくしももう失礼いたします。本日はお時間を取っていただき、ありがとうございました」  王太子殿下が立ち上がったので、私もまた立ち上がって礼を取った。 「そうか。ではバーナード。アリシア嬢を馬車まで見送れ」 「承知いたしました」 「あ……ありが」  王太子殿下はさっさと立ち上がり、手を上げて声をかけた私に振り返りもせずに歩いて行く。私は一つ息を吐くと手を下ろした。一方、バーナード卿はテーブルを回って私の側にやって来た。 「アリシア様、馬車までお送りいたします」 「ありがとうございます」  バーナード卿は先ほどのように無駄口一つ叩かず、ただ私の一歩後ろに控える。 「バーナード卿」  私は足を止めると振り返り、彼に声をかけた。そうすれば彼の美しい黒い瞳の中にただ私だけが映し出される。 「はい。何でしょうか」  リーチェのエスコート役を引き受けるのですか。  そんな問いかけをしたところで何になると言うのだろうか。彼は王太子殿下が命じたことには逆らわない。彼の言葉は肯定の言葉、ただ一つなのだから。 「妹のエスコート役になっていただくことになりましたら、どうぞよろしくお願いいたします」 「……かしこまりました」  微笑んだ私が踵を返して前を歩けば、きっともう彼の瞳に私は映らない。
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