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2.王宮晩餐会へ
「お母様、どう? おかしくないかしら?」
晩餐会へ行く準備の整ったリーチェは、私と義母の前でくるりと優雅に舞って見せた。
「おかしいだなんて! あまりの美しさに晩餐会では皆の視線があなたにくぎ付けになるに違いないわ!」
「やだ、お母様ったら。本日の主役はエレーヌ王女殿下よ」
「ほほ。そうね。だけど、親の欲目は別にしてもあなたが一番だと思うわ」
「ふふ、ありがとう。お母様!」
妹と義母は嬉しそうに抱き合う。
父は赤みがかった栗色の髪で、義母もまた明るい茶髪だが、義母は若かりし頃はおそらく金髪だったのだろう。その髪色を引き継いだ妹は、現在社交界で流行中の大人っぽい髪型に結い上げているが、目がくっきり大きく、ぽってりと甘そうな唇で庇護欲を感じさせ、愛らしさを消しきれていない。その彼女の胸元には自分と同じ碧色の貴石を身に付けている。
初めて見る豪華な装飾品だ。すると私の視線に気付いたリーチェが微笑んだ。
「あ、お姉様。これ、素敵でしょう。お父様に買っていただいたの。お姉様が王室に入るトラヴィス侯爵家も王族と同等の品格を保たなければならないということで、王室から支度金をご用意してくださったそうですよ」
「そう」
「お姉様は買っていただかなかったの?」
「ええ」
「あら、お姉様もお父様にお願いすれば良かったのに。もしかしてお父様にお願いしても買っていただけなかったの? そんなのお姉様、お可哀想だわ」
リーチェは胸の前で手を組んで可愛く眉尻を下げた。
「あなたは優しい子ね。でもリーチェ。あなたが気にすることはないのよ。これまでアリシアには十分お金をかけているもの。それにまだ婚約者がいないあなたは、この晩餐会で良い方に見初めていただくためにも綺麗に着飾らなくてはね」
「ええ! とても高貴な方に好感を抱かれるように頑張るわ」
私は黙って二人のやり取りを見守っていると、父が焦った様子で部屋にやって来た。
「おい! 二人とも準備はいいのか? ならば早く来なさい。王太子殿下とバーナード卿がわざわざお迎えに足を運んでくださったのだぞ」
「何ですって! 王太子殿下が我が屋敷にわざわざ!? 早くご挨拶に参りましょう!」
義母が慌ててリーチェを促し、私もまた客間へと急いだ。
「大変お待たせいたしました」
王太子殿下らの前に立った私たちはまず謝罪の言葉から入り、続いて丁重に礼を取った。
「王太子殿下、誠に申し訳ございません」
「女性は準備に時間がかかるものだ。気にしなくていい」
父が改めて謝罪したところ、王太子殿下は人の好さそうな笑顔を作る。
「お迎えいただき、誠に恐縮にございます」
私も続いて殿下に挨拶をした。
「いや。いち早く着飾ったドレス姿が見たかったからだ」
「……光栄に存じます」
言葉と行動が裏腹だ。王太子殿下はすぐに私から興味を失い、視線をリーチェに移す。
「リーチェ嬢だったな」
「はい。名を知っていただけて光栄にございます!」
「ふむ。妹君も美しいな。晩餐会で大勢の男からダンスの申し込みがあることだろう。美人姉妹に加え、隣国へ留学中の優秀な弟君もいるトラヴィス侯爵家は安泰だな」
「いやはや、滅相もございません」
父を含めた三人と王太子殿下が談笑を始めたので、私はバーナード卿に視線を移した。
「ごきげんよう、バーナード卿」
「……こんばんは」
騎士の服を脱いで濃紺でまとめた彼の正装は、王太子殿下と比べてはるかに控えめだったものの、その気品ある姿に目を奪われた。凛々しい騎士の姿ももちろん似合っているが、こうした正装姿になるとさすがに上流階級の貴族の風格がある。
互いに最初の挨拶から黙り込んだままだったが、いち早く正気を取り戻した私は先に会話を続ける。
「本日は妹をよろしくお願いいたします」
「はい。承知いたしました。ご自宅まで無事にお帰りいただけるよう、お守りすることをお約束いたします」
装いは貴族のそれでも言葉だけは騎士然としていて、私は少し笑ってしまった。
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