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馬車は二台で来たそうで、私と妹は別々の馬車に乗ることになった。
もちろん私と同乗するのは王太子殿下だ。先ほどまでの愛想の良さを落として、興味なさげに窓の外の景色を眺めている。
黙り込んだままでも良かったが、私は話しかけることにした。
「本日はわざわざご足労いただき、改めて感謝申し上げます。誠にありがとうございます」
私の言葉に殿下はようやく私の顔を見た。
「いや。バーナードがリーチェ嬢を迎えに行くと言ったから、私もそうしただけだ」
「そうですか」
「――ああ、そうだ。今日はエレーヌが主役とは言え、貴族らがひっきりなしに私たちに挨拶に来るだろうが、君とはまだ婚約段階に過ぎないから私に付き添わなくていい」
まず陛下からのご挨拶の後、晩餐会が始まる。その後、ダンスパーティーが開かれ、それと共にエレーヌ王女殿下を初めとする王族方に挨拶する時間が設けられるそうだ。
「会場では私の婚約者としての品位を落とさない限り、好きにすればいい。ダンス一曲ぐらいの時間は取ろう」
「……かしこまりました」
その後、会話が途切れ、馬車の中はまた静けさを取り戻す。次に殿下が話したのは、到着した時だった。
私は殿下の、妹はバーナード卿のエスコートを受けて王宮の会場に降り立った。
殿下の登場に会場が騒めき立つのは当然のことだったが、私たちの後ろから入って来た妹たちも義母の言う通り、注目の的だったようだ。いつもと雰囲気が異なる気品あるバーナード卿は女性の視線を集めたが、妹の愛らしさも男性の気を引いた。まさにお似合いの美男美女だ。もっとも王太子殿下と並んだとしても、妹の愛らしい輝きが失われることはないだろう。
「何を考えている?」
殿下から声をかけられて、顔を上げた。
「久々ですので、上手く踊れるか不安に思っておりました」
「そうか。別に競技会に出るわけでもない。適当に踊っておけばいい。それよりもっと愛想良くしてろ」
「……申し訳ありません」
前方に設けられた上座に王太子殿下を含めた王族らがずらりと並び、国王陛下は祝賀会開催の挨拶を始められた。
「我が愛すべき民よ、我が愛すべき臣下よ。本日は娘の十七の誕生を祝う席に足を運んでくれたことを感謝する。そして諸公のたゆまぬ忠誠心と努力によってこの国が発展してきたことを改めてここに感謝する。今宵は存分に楽しんでくれ!」
祝賀会開催のお言葉を終えると会場が拍手と共に盛り上がりを見せ、晩餐会が始まった。
食事会は滞りなく終わり、若い男女が楽しみにしているダンスパーティーが始まる。
私は家族と一緒にエレーヌ王女殿下にお祝いのお言葉を述べ、王族の方々に挨拶することになった。
今日の主役であるエレーヌ王女殿下はリーチェと同じご年齢だ。ただ、同じご年齢でもやはり王族が持つ風格のようものを感じた。一方、ミラディア王女殿下は私より二つ上の二十一歳だが、気さくな方でよくお声をかけていただいて親しみやすさを感じる。
「ねえ、アリシア。あの話、考えてくれた?」
しかしこんな場で、悪戯っぽい笑みを浮かべて尋ねて来られるのはどうかと思う。
私は苦笑しつつ、肯定も否定もしなかった。するとミラディア王女殿下は肩をすくめる。
「まあ、いいわ。今夜は楽しんでちょうだい」
「ありがとう存じます」
その後、私は最初の約束通り、殿下と一曲だけ踊ると別れた。一方、リーチェは一度だけバーナード卿とダンスした後、他の男性から申し込みされ、それに応じているようだった。
私はこれ以上踊るつもりも、男性からの申し込みもなかったので、会場に設けられた軽食と飲み物に手をつけることにした。口当たりの良い甘い飲み物が渇いた喉を潤す。けれど本当に渇いているのは自分の心だ。
一人離れた所で会場を見渡すと、皆、談笑したり、男女で語り合っていたり、楽しそうに踊っている姿が見える。孤独は大勢の中にいるほど感じるものだ。
私は何となく居心地が悪くなって、会場を後にした。
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