2.王宮晩餐会へ

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 特に目的地もなく廊下を歩いていると、廊下に敷かれている絨毯がいつもより柔らかく感じた。足音さえ吸収する重厚な絨毯には違いないが、今日はなぜこんなにふわふわするのだろう。  そう思いながら足を進めていると気付いた。景色がゆらゆらと揺れていると。――違う。揺れているのは景色ではない。私のほうだ。  お酒を飲める体質ではないのに、間違ってお酒を飲んだらしい。会場を出て来て良かったと思う。  このまま酔いを醒まそうと、あてもなかった目的地から化粧室へと変えて前に進んだその時、男女が囁き合う声が聞こえてきた。  こういった晩餐会では男女の交流が行われる。貴族の交流はこの社会には必要なもので、主催者側もそれを見越して部屋を開放しているものだが、王宮でもそうらしい。しかしせっかく部屋が開放されているのだから、愛を語り合うのならば廊下ではなくて部屋でやってほしい。  少しうんざりしながら元の道を戻ろうしたその時。 「やだ、殿下ったら。こんな所で誰かが来たらどうするの」  よく聞いたことがある甘い女性の声が聞こえて私の体は硬直した。 「ここに来るのは私たちのような色恋にふける男女だ。気にも留めないだろう」  男性の声も聞き覚えのある人物だ。  私は一歩進んでおそるおそる角から覗き込むと、オースティン王太子殿下とリーチェが深い口づけを交わしている姿が見えた。体をぴったりと密着させ合い、何度も何度も甘い吐息をもらして相手を求めている。  私は気付かれない内に身を潜めた。 「――早く殿下と一緒になりたいな」  口づけを終えたリーチェが甘え口調で殿下に言った。 「それは早く部屋で愛し合いたいという意味か?」 「違いますぅ! 早く王室に入りたいという意味です。……ねえ。やっぱり私が王妃になるのでは駄目ですか? そしたらこんなこっそりと逢わなくて済むのにぃ」 「悪いが、それはそうだな。父上がアリシアを気に入って決めた話だ。確かに彼女が優秀なのは否めない事実だからな」  口では何だかんだと辛辣な言葉を言いながらも、王太子殿下は私を認めてくれていたらしい。こんな形で知るとは皮肉なものだ。 「酷ぉい。それって、私が無能ってことですか?」 「そう拗ねるな。君に雑務は似合わないだろう? 面倒なことは全てアリシアに押し付けてしまえばいい。まだ公表するなと言われているが、父上も愛妾を持つことは許してくださったんだ。だから君は、ただ私に存分に愛でられて甘く華やかに花を咲かせるだけでいい」 「やだ。その言い方、好色親爺っぽいですよぉ」 「そうか。じゃあ、本当に好色かどうか、これからたっぷり知るといい」 「もうっ、殿下ったら! ちゃんと今日中に自宅に帰してくださいよ?」 「さあな。――さあ、行こう」  二人がこちらにやって来る気配がして焦っていると、不意に後ろから腕を取られて近くの部屋に引き込まれた。  そのまま扉を閉められ、壁に押し付けられた形で口に手を当てられる。灯がともっていない部屋は薄暗く、顔をはっきりと認識できなかったが、相手が誰か私には分かっていた。 「ご無礼をどうぞお許しください、アリシア様」  ほら、やはり。  私の耳元に囁く彼の声もまた聞き馴染みがある。――バーナード卿だった。
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