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特に目的地もなく廊下を歩いていると、廊下に敷かれている絨毯がいつもより柔らかく感じた。足音さえ吸収する重厚な絨毯には違いないが、今日はなぜこんなにふわふわするのだろう。
そう思いながら足を進めていると気付いた。景色がゆらゆらと揺れていると。――違う。揺れているのは景色ではない。私のほうだ。
お酒を飲める体質ではないのに、間違ってお酒を飲んだらしい。会場を出て来て良かったと思う。
このまま酔いを醒まそうと、あてもなかった目的地から化粧室へと変えて前に進んだその時、男女が囁き合う声が聞こえてきた。
こういった晩餐会では男女の交流が行われる。貴族の交流はこの社会には必要なもので、主催者側もそれを見越して部屋を開放しているものだが、王宮でもそうらしい。しかしせっかく部屋が開放されているのだから、愛を語り合うのならば廊下ではなくて部屋でやってほしい。
少しうんざりしながら元の道を戻ろうしたその時。
「やだ、殿下ったら。こんな所で誰かが来たらどうするの」
よく聞いたことがある甘い女性の声が聞こえて私の体は硬直した。
「ここに来るのは私たちのような色恋にふける男女だ。気にも留めないだろう」
男性の声も聞き覚えのある人物だ。
私は一歩進んでおそるおそる角から覗き込むと、オースティン王太子殿下とリーチェが深い口づけを交わしている姿が見えた。体をぴったりと密着させ合い、何度も何度も甘い吐息をもらして相手を求めている。
私は気付かれない内に身を潜めた。
「――早く殿下と一緒になりたいな」
口づけを終えたリーチェが甘え口調で殿下に言った。
「それは早く部屋で愛し合いたいという意味か?」
「違いますぅ! 早く王室に入りたいという意味です。……ねえ。やっぱり私が王妃になるのでは駄目ですか? そしたらこんなこっそりと逢わなくて済むのにぃ」
「悪いが、それはそうだな。父上がアリシアを気に入って決めた話だ。確かに彼女が優秀なのは否めない事実だからな」
口では何だかんだと辛辣な言葉を言いながらも、王太子殿下は私を認めてくれていたらしい。こんな形で知るとは皮肉なものだ。
「酷ぉい。それって、私が無能ってことですか?」
「そう拗ねるな。君に雑務は似合わないだろう? 面倒なことは全てアリシアに押し付けてしまえばいい。まだ公表するなと言われているが、父上も愛妾を持つことは許してくださったんだ。だから君は、ただ私に存分に愛でられて甘く華やかに花を咲かせるだけでいい」
「やだ。その言い方、好色親爺っぽいですよぉ」
「そうか。じゃあ、本当に好色かどうか、これからたっぷり知るといい」
「もうっ、殿下ったら! ちゃんと今日中に自宅に帰してくださいよ?」
「さあな。――さあ、行こう」
二人がこちらにやって来る気配がして焦っていると、不意に後ろから腕を取られて近くの部屋に引き込まれた。
そのまま扉を閉められ、壁に押し付けられた形で口に手を当てられる。灯がともっていない部屋は薄暗く、顔をはっきりと認識できなかったが、相手が誰か私には分かっていた。
「ご無礼をどうぞお許しください、アリシア様」
ほら、やはり。
私の耳元に囁く彼の声もまた聞き馴染みがある。――バーナード卿だった。
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