生徒会室の噂の糸電話

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 英語の準備をしていたら声をかけられた。 「未瑠、良い事教えてあげようか」  仲良しの理夢(りむ)の言葉にコクンと頷いた。 「体育館脇の渡り廊下の先の階段の上に生徒会室あるでしょ」 「うん、今はもう生徒会の備品置き場でしょ。新しく出来たもんね生徒会室」  今年度より新生徒会室の利用が可能になった。私たちは新生徒会室で文化祭の準備が出来る。もうすぐ始まる文化祭準備。 「その生徒会室の何処かに糸電話があって、月が出た日の翌朝、好きな人と糸電話すると両思いになれるって。でも他の人に見られたら両思いになれないって」  すぐに頭に浮かんだ仲良い朋晴の顔。しかし、生徒会室のような備品置き場から糸電話を探すなんて気が遠くなる。そもそも鍵借りる事さえ面倒。何で行くのか書けって言われるかも。 「私はフリーだからなぁ。理夢は翔馬君とでしょ? 行くの生徒会室」 「行くわけないでしょ。だって私と翔馬はもう両思いなの」  そっか、おめでとう。翔馬君はイケメンで理夢にお似合い。2人が一緒にいると私まで笑顔になれる。フリーって言ったけれど、いつか私も両思いに朋晴となりたいな。  昼休みの廊下。私の隣りに美琴が来た。いつになく表情が暗い。どうしたんだろう。 「どうした美琴、何かあった」  私と同じ中学で理夢とは私より仲が良い。その理夢には話せないからと言って話しだした。 「いま噂すごいでしょ。生徒会室の何処かに糸電話があって話すと両思いって。誰にも見られなければ」  頷いた。さっきより表情が暗くなってくる。 「理夢ね、部活の先輩からも教室でも聞いて翔馬君を誘ったの。両思いになりたいって」  あれっ、私には翔馬君と両思いだって。 「あれっ? 2人は両思いじゃないの」  美琴が言うには、翔馬君の自分への気持ちを確かめる為に好きな先輩がいると言って、翔馬君とケンカ別れしたままらしい。私より上を行きたい理夢の気持ちが理解出来る。 「でもその噂は良い噂。悪い噂は、その糸電話は呪われていて、最初に話した子が看板の・・・・・・」  美琴が話を止めた。ふと振り返ると理夢が笑顔で立っていた。いつからいたんだろう。呪いの糸電話だって。だから行っちゃダメ。そう言っても理夢は聞いてくれないと思う。 「そろそろ授業だよ。何の話してたの」 「文化祭の事。部活もあるしクラスの事や委員の事とか」  理夢は「ふーん」と言いながら、美琴と腕を組み教室に向かって走って行った。  たぶん理夢は聞いていたんだ。きっと聞いていた悪い噂。あの表情はきっと聞いていた。行かないでよ理夢も翔馬君も。  異例なのは校内放送で、生徒会室にはそんな糸電話はないと流れた事。何かそう言われるとあるんじゃないか、と思ってしまう。  夏休み明けに朋晴に呼び出されたのは体育館脇の渡り廊下。まさか糸電話の話じゃないよね、と思っていたのに。 「どうせ沢藤に言われて知ってんだろ。糸電話の呪い。なぁ10月に入れば鍵掛けないらしいぜ」  何言ってんの朋晴。まさか、まさかだけれど行こうって事なの私と。そんな糸電話に頼らなくたって、私たちはもうすぐカップルになれるよね。 「なぁ、そんなに糸電話が否定されると逆ににあると思うんだ。呪いなんてないって信じれば大丈夫だ。頼む、一緒に行ってくれ。もし危険な事になったら助けるから頼む」    文化祭の役員で副生徒会長の朋晴。音響係の私は夜に月の出る日をずっと待ち続けていた。  文化祭まであと5日。間に合わない場合のみ早朝7時に登校を許された。夜には朋晴からのメールで月が出ていたことを知っていた。2人で早朝7時過ぎ、忍者みたいに小走りで生徒会室に行ったら、翔馬君が顔面蒼白、意味不明な言葉を発して飛び出して来た。 「助けて、助けて、理夢を助けて」  翔馬君は腰を抜かしてドアの外。その翔馬君の制服には糸が絡みついていた。 「よし、行くぞ未瑠」  私は腕を掴まれドアの中へ。2人とも立ち尽くした。糸電話の糸が、まるで蜘蛛の糸のように伸びて張りめぐらされ、私たちの行く手を阻む。気が乗らなかった。来なければ良かった。だけど理夢を助ける人が朋晴1人じゃ。 「沢藤さん! 」 「理夢! 」  理夢は口に糸電話を当てたまま絡みつく糸と格闘していた。このままじゃ理夢の呼吸が確保出来ない。何とか紙コップを理夢の口から取りたい。外がざわついている。翔馬君が一生懸命に説明している声がする。 「未瑠、とりあえずこのハサミで紙コップを底近くから切って。それから糸も出来るだけ切って」  朋晴が引き出しから見つけたハサミで、そこに近い部分から紙コップを切ると、女の叫び声が生徒会室中に響き、私にも糸が伸びて絡みついてくる。 「未瑠ごめん、ごめん、糸電話で翔馬に謝ったら大好きだって言ってくれた。私も大好きだって言ったのに」  翔馬君は顔面蒼白になり、理夢の声じゃないと言い続け、何とか逃げられたけれど、理夢は逃げる事が出来なった。  朋晴も糸をカッターで切断する。糸を切るたびに悲痛な女の叫びが響く。朋晴と私はドアを開けて翔馬君を中に入れた。 「理夢の口から紙コップを取りたいの。何か聞いていない? 何でこんな事になったのか」  その間にも私は糸を切る作業をする。理夢の口から外れない紙コップを、翔馬君がハサミで切りながら言う。 「何も聞いていない。こんな糸電話しなくたって大好きだよ」  女の声が弱弱しく同じ言葉を言い続けた。 「羨ましい、羨ましい。私も糸電話したのに両思いになれなかった。羨ましい」  糸を切り理夢を見ると、紙コップが口から外れていた。私はその紙コップをゆっくりと拾い上げて、翔馬君が耳に当てていた紙コップの中にゆっくりと入れた。切った紙コップの切れ端も一緒に。 「大丈夫ですよ、これで2人は一緒ですよ」  天井近くまで伸びていた糸が一斉に床に落ちてきた。私たちは、その糸も2人に絡みついた糸も殆ど回収して、切っていない紙コップへ。 「ありがとう。一緒になれたのね」 「そう、もう一緒になれたの」  わたしはそっと紙コップに言った。  13年程前に生徒2人が文化祭準備中に、この生徒会室で糸電話をしていた男女は誰か。文化祭より話題となった。 「図書館司書の諸原賢輔先生だって。あの子は澄美(すみ)って名前。あの糸電話は諸原先生との思い出の品で、取りに行ったら看板が倒れてきたらしい。ごめん迷惑かけて。本当は翔馬とケンカしてて。何とか仲直りしたくて糸電話。意外とすぐに探せたの。まさか本当に呪いだったなんて」  文化祭は大盛況で終了。そのあとの振替休日に、私と朋晴はファミレスに来た。あの日助けてくれたからと招待された。 「あの紙コップ、司書室で糸電話に戻ってた」  翔馬君の言葉に一同、凍り付いたように動かなくなった。本当は諸原先生と2人で取りに行くはずだったけれど諸原先生が転校してしまった。その直後の事故だったと諸原先生から聞いたと翔馬君は言った。 「僕のせいだ、理夢ごめん。朋晴君も未瑠さんもごめんなさい」  理夢は翔馬君を見て「私こそゴメンね」と小声で言った。そのあと私たちにも謝った。  生徒会室は新生徒会室に必要備品を移動して立ち入り禁止場所になった。私が図書館の窓から司書室を見たら、セロテープだらけの糸電話が机の端に置かれていた。  澄美さんと諸橋先生は、糸電話が出来ただろうか。どんな話をしたのだろうか。              (了)  
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