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日は過ぎて、王太子の立太子と婚約を披露するパーティーを王宮で開催する事になり、準備で王宮も公爵家も慌ただしくなってきた。
私には、王室御用達のデザイナーがドレスを作りに来る事になったわ。
「まあ、何て美しいデコルテなのでしょう!ウエストも細く締まっておいでで、ドレスが素晴らしく着こなせますわね。敢えてボリュームを出さなくとも、お肌と体形を活かしたドレスで魅せるのもよろしいかと存じますわ」
それをダリアは羨んで、何かと「お姉様は特別なお方ですものね、何でも叶うんですわ。それに比べて私の身の上ときたら……」と、嫌味を口にする。完全に妬んでいるわ。
「本当に身に余る光栄に浴しているわ。でも、私はあくまでも殿下に添えられた一輪の花よ。分相応な弁えを忘れてはならないわね」
こうして私がどこまでも謙虚な態度を崩さないから、攻めあぐねて今度は周りに八つ当たりするようになってしまった。おかげで使用人達は最近、ダリアに近寄りたがらないわ。
人間というものは善意と悪意を併せ持っているものよ。そして相反するそれらを葛藤しながらコントロールして他者と向き合い、より良い関係を構築してゆこうとする。
けれど、ダリアには善意が欠落しているようね。だからこそ私も、躊躇なく復讐を果たそうと思えているのだけど。
──そういえばダリアはお茶会を開きたいとか言い出さなくなったわね。
「ガネーシャの目がある場所では無駄だと知ったからだよ。僕が居るからね。向こうは僕の正体を知らないものの、だからこそ警戒しているんだよ」
──なるほどね。でもおそらく、パーティーに出られれば暗躍するわ。
「何とかして出てくるだろうね」
ベリテとそんな言葉を交わした後の晩餐で、ダリアはお父様に甘えた口調でねだったわ。
「私もお姉様のご婚約をお祝いする為にパーティーに出たいです」
「だが、それにはマナーやダンスを学ばなければ難しいぞ」
お父様は難色を示したけれど、ダリアは諦めない。
「ならば、お姉様にそれらを教えた家庭教師を私に付けて下さいませ」
明らかに企んでいるわ。おおかた、幼い頃からの私について聞き出し、尚かつ自分の可哀想な話をしてみせて、何らかの私に関する悪評を広めさせようと考えているのでしょうね。
「私がお世話になった家庭教師というと、サヴァリン夫人ね。夫人からは、基礎から始まって何年もかけて教わったのよ」
私は遠回しに反対する意向を示した。すると、ダリアは油膜の張ったような目で睨みつけてきたわ。
仮にも姉にこんな目を向けるだなんて、ここにはお父様や使用人の眼差しもある事を念頭に置けないのかしら?
でも、ダリアは私の発言を、自分の家庭教師を惜しむ意地悪な姉なんて陰口の元にしそうね。そんな隙を見せるわけにいかない。私は言葉を尽くした。
「私に様々な事を教えて下さったサヴァリン夫人は、完璧に覚えられるように、少しずつ丁寧に学ばせる事にされておいでなの。二ヶ月ではマナーやダンスを夫人が教えきるのは無理だと思うわ。夫人は妥協を許さぬお方だから、懇切丁寧に教える事を好むのよ」
「確かに、夫人はレッスンの度に時間を延ばしてでもガネーシャに指導していたな。ガネーシャが夫人から教わり始めたのは四歳の時からだが、一通りの教育に十年近くかけた覚えがある」
お父様が口を挟んでくれたおかげで、私の勢いは良くなったわ。たまには役に立つのね。
「ダリア。パーティーまでに教わりたいのならば、もっと人を選んで家庭教師として招くべきよ」
上手く矛先をずらす事に成功したわ。お父様は私の言葉に頷いているのが見える。悔しそうに顔を歪めるダリアも見えるけれど、それは楽しいだけだわ。
ダリアにとって、パーティーに出られなくなる事は、一番の企みが出来なくなるという事よ。結局、渋々頷いて見せたわ。
「では、お父様。私にマナーなどを学ばせて下さる方を招いて頂けませんか?私、真剣に学びますわ」
「……まあ、社交界に出る事は延々と先延ばしには出来んからな。姉の婚約の場でもあるから、ちょうどいいだろう。ただし、容赦なく教える者を呼ぶから弱音など吐かぬように」
「……はい」
そしてダリアが参加する事で、マストレットもダリアのパートナーとしてパーティーに出る事に決まった。お似合いの二人だわ。
そうなると、引きこもっていたマストレットとダリアを公爵家に相応しい令息、令嬢に仕立て上げないといけない。
未来の王太子妃である私の支度もあるから、公爵家の中は大車輪を回すような忙しさになったわ。
それも疲れるけれど、他にも私を疲れさせる事がある。
王太子殿下との定期的なお茶の席よ。
週に一度の王太子殿下との席では、私は自分から何かを語り出すような、余計な事はしない。発言には許しを得る必要があるからだけど、それを味気なくつまらない令嬢だと、王太子殿下は馬鹿にしているのよ。
そして王太子殿下は私の活躍に対していだく、ご自身の劣等感からか、私が殿下を蔑んでいるがゆえに黙っているんだと憤るの。
それもそのはず、王太子殿下は民の為に動いた事がない。反対に私は慈善事業を幅広く活発に行なっている。
その行動力と知性にコンプレックスを抱いている殿下は、何かと私の欠点を作り出したがり、馬鹿にしたがるのよ。
歪んだ王太子様ね。
お茶の席で沈黙が続いていると、王太子殿下が呟いた。
「……ここは少し冷えるな」
それを聞いた私は、侍従に向かって口を開き願い出たわ。
「侍従の方、次に殿下へお出しするのはコーヒーではなく、ローズマリーのハーブティーにするよう、給仕係にお伝え下さるかしら」
「ハーブティー?そんなものは、か弱い女子供の飲むものだろう。お前は私の健康を疑うのか?」
刺々しい言い方ね。まるで詰問されているみたいだわ。かといって返事をしないわけにもいかない。私は出来るだけ穏やかに答えた。
「いいえ、王太子殿下。むしろ、より一層の健康を思っての事でございます。ローズマリーには血行を良くして体を温める効果がございますので、肌寒い日にはよろしいかと存じます」
「随分とご高説を垂れるものだ。おい、給仕係に茶の席はこれで終いだと伝えろ。代わりの茶もコーヒーも不要だ」
「……出過ぎた振る舞いをお詫び申し上げます」
おとなしく詫びると、王太子殿下が舌打ちする。
「もう自室に戻る。部屋に熱いコーヒーを運ばせろ」
時間は昼下がりを過ぎている。浅煎りの豆で淹れたコーヒーだと覚醒作用が強くて夜の眠りを妨げるし、深煎りでは晩餐を控えた胃腸に負担をかけるけれど、それを言ってみたところで、聞いてもらえる雰囲気ではない。
逆に反感を抱くに違いないのよ。言うだけ無駄ね。好きにさせておいて、私は言われた通りに城を後にするしかないわ。
どこまでも殿下は私に心を許さないつもりね。
私も心を許すつもりは毛頭ないけど、それを面に出しては下手を打つ。貞淑で思いやり深い善良な令嬢を貫いて、相手に弱みを握らせまいとするのが現状での正答よ。
もっとも、王太子殿下にはそれが更につまらない。とにかく私が気に食わないの。前世では裏切られた事しかないから、そんなもの正統派令嬢の仮面であしらうけども。
だけど、それを陰で案じる人物がいたの。それはウィンリット第三王子殿下。
彼は王妃の二人目の息子で、ウィリード王太子殿下の他、側妃が生んだ王子殿下の弟になる。
ウィリード王太子殿下とは一歳半離れているから、まだ幼さが残っていてもいいのに、聡明で剣術なども積極的に会得していると聞くわ。
彼は貴族派から王太子にと推されていた。王室派からはウィリード王太子殿下が年功序列で推されていたから、互いに火花を散らしていたの。
ちなみにフォクステリア家はウィリード王太子殿下を王子時代から支援し、立太子出来るように働きかけていた。だから立太子した時、特に私との婚約が進められた背景がある。
ただ、立太子争いにこそ勝てたものの、実の弟に人望で敵わない事にまで劣等感を抱いているウィリード王太子殿下は、とことん歪んでいるわ。
もちろん、それを見逃すはずのない存在もいた。
「おい、ダリア。王太子について面白い話がある。利用しない手はないぞ」
「ベリタ。あなたが持ちかけるなら、きっとこれからが楽しくなる話ね」
そこに目をつけているベリタは、ダリアに企みを話して、ダリアは腹黒く笑っていた──。
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