闇より冥い聖女は復讐の言祝ぎを捧ぐ

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パーティー当日。貴族達が続々と入場してくる。私は控えの間で待たされていた。 「身に着けている宝石が豪奢過ぎる。所詮はお前もお貴族様だな」 そこに王太子殿下が難癖をつけてきた。 「高価なルビーを贅沢に使っていながら、民の為を思っていると言えるのか?慈善事業など建て前の偽善で、結局は我が身が一番可愛いのだろう」 責め立ててくる王太子殿下の方こそ豪奢な装いなのだけど、ここは控えておくべきね。 「これはルビーではなく、上質ではございますがレッドスピネルを代用した物でございます」 レッドスピネルはルビーの代わりに用いられる事が少なからずあり、美しさのわりにルビーよりも安価なのよ。 でも、王太子殿下はかえって鼻白んだ様子だわ。 「お前は私を軽んじてるのか?私との婚約披露の場で安物を身に着けるとは」 叱責するような勢いで揚げ足を取ってきた。 「質素倹約を美徳としております、レッドスピネルも美しさではルビーに劣りません」 私は物静かに受け答えした。 「何の宝石を着けるかではなく、己の身に似合う宝飾品を作らせる事、そこに驕りがない事が大事と考えます」 「つくづく食えない女性だ、私に口答えするとは己が随分偉くなったと思い込んでいるようだが勘違いするな、生意気過ぎる」 王太子殿下は文句を言うばかりね。言い返す事も面倒になっていた、その時に私達が入場する時が来た。 王太子殿下も外聞だけは整えようという気持ちがあるのね。腕を差し出され、見た目だけは寄り添い腕を組んで入場する。 入場を済ませると、さっそく貴賓が挨拶に来る。外国からの者も多いわ。 『ごきげんよう。ドラッド夫人、この度はお越し下さり誠にありがとうございます』 『まあ、私の名を知っているだけでなく、国の言葉もお話し出来るのですか?嬉しいわ』 『まだ未熟でお恥ずかしい限りですが、ご挨拶だけでもと勉強してまいりました』 すると、他の人も話しかけてきた。 『王国の王太子妃となる方は勉強熱心ですのね、私ともお話しして下さるかしら?王国について聞きたいですわ。織物がとても繊細だと聞いていますのよ』 『ありがとうございます、ファスト皇女殿下。我が国の織物は本日の私のドレスにも用いておりますわ。刺繍のように細やかな模様を織り込めますの』 主要国の言葉なら会得しているわ。相手に合わせて言葉を使う事で、喜んでもらえたようね。皆さまとの会話も弾むわ。 「私はワインを取ってくる。ガネーシャは得意の言語学を披露しているといい」 パーティーの華となっている私を嫉んだのか、王太子殿下は婚約者の私から離れてしまった。冷たく言い残し背を向けて、貴賓への心配りもしないわ。 『殿下は昨夜も遅くまでお仕事をなされておいででしたので、少々お疲れなのです。ご無礼をお許し下さいませ』 それをフォローしながら、私は、いよいよダリアが動き出す時が来たと考えた。 果たして、銀のグラスに手を伸ばした王太子殿下に、ダリアが正面からぶつかりに行ったわ。 「大変申し訳ございません、王太子殿下に非礼を働いてしまいましたわ……」 不快そうにする王太子殿下から批難の言葉が紡がれるより早く、ダリアは瞬時にアクアマリンに触れながら真っ直ぐ王太子殿下を見つめて詫びる。 すると、王太子殿下が態度をがらりと変えた。 「怪我はないか?こちらの不注意でもある、気にするな」 「ご寛容なお心に感謝申し上げます……」 「大した事でもない。──そなたの名は?」 「……ダリア・ダント・フォクステリアです」 問われて、ダリアがか細い声で答える。 「公爵家の娘なのか」 「名ばかりですわ。私は卑しい腹違いの妹ですので、このような華やかな場には不釣り合いなのですが……」 悲しげな面持ちを作るダリアの芋くさい様子といったら、見ていると胸焼けしそうよ。 「……ですが、王太子殿下をひと目拝見したく、どうしても参加させて頂きたかったのです」 「私にか?」 「はい……ドレスも憧れている王太子殿下の瞳の色に合わせて作って頂きました」 本来の王太子殿下ならば、身の程知らずだと罵るところよ。でも、魅惑の力が確かに働いているようね。 「愛い事を言う。そなたに思い出を与えよう。──私と一曲踊らせてやる」 王太子殿下は、やに下がっているわ。傲岸な態度こそ崩さないものの、ダリアにファーストダンスの誘いをかけたのよ。 婚約者を差し置いて、婚約者の腹違いの妹と踊る事に好奇の目と白眼視する目が集中するのは当然ね。でも二人共、全く気にも留めないわ。 ダンスを終えると、ダリアは猛攻に出た。 「拙いステップで申し訳ございませんでした。参加出来る事になって二ヶ月の間、必死に練習しましたが……お姉様のダンスには遠く及びません」 控えめを装って厚かましく言うダリアに、王太子殿下は慰めの言葉をかけた。 「二ヶ月でここまで踊れるなら大したものだ」 もう、王太子殿下はアクアマリンの力が発揮されて、ダリアに魅了されているようね……。 ダリアは王太子殿下が手の内に落ちた事を喜んでいるのが、ありありと見て取れるわ。 「あの、叶う事でしたら……あと一曲、王太子殿下との思い出を重ねたく存じますが……」 すっかり図に乗って二度目のダンスをせがむなんて、この場のマナーを完全に無視してる。元より理解していないのかしら? いくら国の王太子とは言え、婚約者がいながら他の未婚の女性と二曲続けて踊るなど許されないのよ。礼儀に反するにも程がある。 「……曲が始まる。手を」 なのに、王太子殿下は受け入れてしまう。 喜ぶダリアをよそに、場内はざわついて二人に注目が集まっているけれど、完全に二人の世界に浸っているようね。 ダリアに対して不快そうに眉をひそめる令嬢と夫人達の囁きが聞こえる。男性陣も、はしたないと言葉を交わしているのが伝わってくるわ。 「信じられない話だ。婚約者のガネーシャ嬢とさえまだ踊っていないのに」 「あの令嬢は確か、ガネーシャ様の妹ではなくて?姉の婚約者を相手に、何て厚顔無恥な振る舞いをなさるのかしら……」 「──何をしている、演奏を始めないか」 言い交わす声に耳を傾けもせず、不遜に言いつける王太子殿下は、ダリアの操り人形と変わらない。ワルツが始まると、ゆったり楽しげに踊り始めてしまった。 ダリアのステップは下手だけど、それも初々しいと王太子殿下が思い込んでいるのも伝わる。 二ヶ月しか練習出来なかったのは、姉である私の底意地悪い企みのせいだろうと勘違いしている事も、後から思い知らされたのよ。 もちろんダリアは王太子殿下がそう考えるように誘導しているから、ダリアの思うつぼね。 ダンスを終え、王太子殿下の側近がたまりかねて忠言しに入った。 「殿下、ガネーシャ嬢を置き去りに致しましては、場の空気がよろしくないかと……」 「またガネーシャか、手のかかる女だな。──ダリアと言ったな、今夜の事は覚えておこう」 王太子殿下はダリアを見つめて言葉をかけ、ダリアは頬を紅潮させて上擦った声を出した。 「許されるのでしたら、王太子殿下の瞳の色の便箋でお手紙を書かせて下さいませ」 何て事かしらね、婚約者の居合わせる場所で略奪宣言したわよ。 「可愛い事を言う。許そう、待っているぞ」 王太子殿下は気安く受け入れてから、仕方なさそうに私の元に向かって来たわ。 私は予め予測していたので動じない。でも、それも王太子殿下にとっては、自分を軽んじる態度に見えて気に食わないのが見え透いているわ。 正直に言えば私も気乗りしないけれど、王太子殿下は「一応は婚約者だからな」と渋々ダンスを踊った。 一曲踊り終えると、「もう十分だろう」と言い放つ王太子殿下は、相変わらず公の場でも変わらないわね。自分の立場を考えなさいよ。 「お前は外交に専念していろ、貴賓への対応を務めるといい」 そう言い捨てて、仲間内の輪に入りに行ってしまった。 「これから生涯を共になさる方を蔑ろにするとは、王太子殿下も残酷ですこと」 こうなると、会場に集った全員の視線を浴びながら、健気な令嬢を演じて務めを果たすしかないわね。周囲からの慰めの言葉にも慎ましく答える事にするわ。 「夫婦というものはパートナーですもの、恋愛感情をいだく以上に連帯感をもって、パートナーの代役も務め上げることを第一と考えておりますわ。今は皆さまに、王太子殿下をお祝いする為に設けられた今宵の場を、どうかお楽しみ頂きたく存じますの」 「まあ、ガネーシャ様は何て健気なご令嬢なのでしょう」 ざわつく女性達をなだめ、人の熱気や儀礼的なやり取りにも疲れて、段々と新鮮な外の空気が吸いたい気持ちになってきた。 「皆さま、引き続きお楽しみ下さいませ。少しだけ離れますわね」 「ええ、外交に接待にと務めておいででお疲れでしょう。ガネーシャ様も休息が必要ですわ」 「お気遣いありがとうございます」 茶番劇にも飽き飽きした私は、夜風に当たってこようと、バルコニーに一人で出てみる事にした。 「やっぱり新鮮な空気は甘くて良いわね……」 「──ガネーシャ嬢、失礼ながら挨拶させて欲しいのだが……」 息をついていると、若い声で話しかけられる。声の方を見ると、なぜかしら、街へ出た時に会った少年が正装で立っているじゃないの。心底驚いたわ。 ──ベリテ。彼の装いと身に着けた紋章を見て。王室の王子殿下よ。見た目の年齢からして、王妃陛下の二人目の王子殿下かしら。 「ああ、あの利発な事で知られるウィンリット王子か。これは面白い事になってきたね」 ──面白がっている場合じゃないわ、挨拶しなければ。 「王国の輝ける星にご挨拶申し上げます」 私は慌ててお辞儀をして挨拶を述べた。対して彼は、温厚に受けとめている。 「気にしなくていい。ガネーシャ嬢、頭を上げてくれないか」 ウィンリット王子殿下は、一部始終を見て思うところがあったようだわ。 「あまりにもガネーシャ嬢が酷い扱いを受けている事に、憤りを禁じ得ないよ。兄上に私からも一言言っておこうか」 「今宵の私をご覧頂けたのでしたら、お分かりになるかと存じますが、民の命を預かり国を背負う女性の戦場は殿方の腕の中ではございませんのよ。ですが、お心遣いは心よりありがたく受け取らせて頂きますわ」 ウィンリット王子殿下が口を挟んだら、それこそ王太子殿下が「不貞を働いたのだろう」といきり立つわ。私は、やんわりとお断りした。 「あなたが兄上を許しているのなら、口は挟めないが……そうだ、止血に使ってくれたハンカチだが、洗わせても汚れが落ちきらなかった。返せなくてすまない」 「お気になさらず。ハンカチ一枚ですもの」 「ハンカチの代わりと言っては何だが……王室所有の鉱山から採掘される水晶のブローチを贈らせてもらえないだろうか。この水晶はあらゆる災厄から身を守ると言われているから……」 「そんな、そのように貴重なお品を頂く訳にはまいりませんわ」 立場上は固辞したものの、王子殿下は引かなかった。 「これから、あなたには今夜のような災厄が降りかかるかもしれない。その時に、味方も居ると思えるものを持っていて欲しいんだ」 「……そこまで仰せ下さるのでしたら……ありがたく頂戴致しますわ」 王子殿下が受けている貴族派からの支持も知っているので、使えるものは何でも使わないとと思って、受け取る事にしたわ。 「このブローチに女神のご加護が宿る事を祈って。──兄上もいつかは、あなたの心根の良さに気づくに違いない。だから、挫けないで欲しい」 「はい、ありがとうございます」 王子殿下は温かい言葉を私にかけて、「誤解を受ける前に」と私の元から立ち去ってゆく。 ダリアはというと、冷たい視線を浴びる事を避けて、「もう用はない」と言わんばかりに、さっさとパーティー会場から離れて帰宅してしまった。 そして自室にこもり、「一人にしておいて欲しい」と言い張り父親からの説教も聞こうとしない構えを見せたわ。 私はベリテと共に、「これも作戦の内なのだから」と話して、周りを取り込む事を進めてゆくと決めた。 腹違いの妹に婚約者のダンスを奪われたていの私は、悲劇のヒロインとして切なさをにじませ、儚く哀愁を漂わせながらも王太子殿下を信じ慕っているふうを装うのよ。 それに乗せられてくれる周囲の人々には感謝ね。 でも、王太子殿下はそれに怒り心頭よ。 王太子殿下はすっかりダリアに骨抜きにされていたから。 そして当てつけのように、王太子殿下とダリアの文通が始まったわ。スカイブルーの便箋でやり取りされる手紙。ダリアの字は上手くはないのだけど、それも愛嬌があると思うようね。 拙い字と文章は、卑しい腹違いの庶子だからと、まともに教育を受けさせてもらえなかったのだろうと憐れんでいるわ。 それだけじゃないのよ。王太子殿下は、ダリアをそうさせた私は罪深いと憤っている。偏った考えには呆れるしかない。 こうしてダリアの企みは初めて成功したのよ。私とダリアの多角的な戦いが幕を開けた事になる。 ダリアは、「女性というものは男性を立てて従うものだと亡くなった母から教わってきました」と嘘をついて平然と同情を誘った。 いとも簡単に騙され、「お前の母は真っ当な教えを娘に施したのだな、それこそ理想の女性像だ」と、ほだされてしまう王太子殿下は、すっかりダリアの虜よ。 こうした事や、ダリアがベリタを褒めそやし喜ぶさまを、私は白い世界からベリテと共に、冷ややかな目で見ていたの。 ──ここからが正念場よ。私にも考えがある。 ダリアは相変わらず、「社交界では身の置き場もないのですもの」と王太子殿下に向かって嘆くわ。自分が撒いた種でしょうに。 ダリアの虚言にまみれた哀れな身の上に、いよいよ庇護欲を掻き立てられる王太子殿下は、私を冷酷な姉だと責める心持ちになってしまった。 でも、私も忙しいのよ。婚約披露パーティーを終えて、王太子妃教育が本格的に始まったもの。 もっとも、言語学や礼儀作法の基礎は幼い内から覚えさせられたから、熟度を上げる為の勉強になるけど。 すると、何て図々しいのかしら。その隙に王太子とダリアは、隠れて逢い引きするようになってしまったわ。 そうした情報は、簡単に手に入るのよ。何しろダリアは癇癪持ちな上、お父様の手配で傍付きのメイドが出来ても、些細な事で気まぐれに近い解雇をしてしまう。 理不尽に屋敷を放り出されたメイド達を、ミーナに追わせて再就職の手助けさえしてあげれば、皆感謝してダリアに関して見聞きした事を打ち明けてくれるわ。 だけど、ダリアの大胆不敵な振る舞いは私の予測を上回る程に大胆ね。 まあ、私も教育で王城を訪れるようになった事で、ウィンリット王子殿下と顔を合わせる機会が増えたけども……それでも不義なんてしないわよ。 常に優しい紳士的な王子殿下には癒されるものの、不貞の誤解を受けないよう、慎重な態度は崩さないよう、挨拶以上の言葉は交わさないと決めて徹底した。 なのに、王太子殿下は私が王子殿下と挨拶する事さえ気に入らないのよ。事あるごとに「お前は誰と婚約している身だと心得ているんだ、我が弟に色目を使うとは」と責めてくる。 どうやら、利発で鍛錬の成果もあげている王子殿下に対して、対抗する努力もせずに劣等感を抱いている事も、疑念をいだく要因の一つらしいわね。 王室も、ここまで怠惰な人を立太子するなんて、皆さま揃って目が節穴なのではないかしら? その王太子殿下は、我が身を棚に上げて、私について「弟を誑かす悪女だ」と吹聴するようになってしまった。 王太子殿下には、ダリアという絶対的な賛同者がいる事から、傲岸不遜な考え方に磨きがかかって手がつけられない程よ。 こうなると、「王太子殿下はガネーシャよりもダリアに執心している」と噂が立つのも時間の問題だわ。 ──でもね、私は思うのよ。 それでこそ私が陥れるべきダリアよ、と。
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