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「大丈夫だよ。どうせ髪なんてすぐ伸びるし」
「……」
そう笑う娘の黒髪を、私はバリカンを使い剃っていく。
娘は髪にこだわっていて、背中まで伸ばしたストレートヘアを、いつも丁寧にケアしていた。
それは幼少期に髪を伸ばせなかったからこそで、大切にしていたものだったのに。
分かっているけど、どうしようもない。どうしようも。
気付けば娘の背中は震えていて、年頃の娘が髪を失うことがどれほど苦しいことなのか、計り知れなかった。
次の日から、抗がん剤治療が始まった。
発熱と嘔吐に苦しんでいる娘を、ただ傍観することしか出来ない日々。
代われるものなら、代わってやりたい。
ありきたりなことを、ただ願うしかなかった。
治療が終わった頃、次第に副作用は落ち着いていき、髪を失った引き換えに絶大な効果を得た。
しかしそれに相反して、どんどん暗い表情をして塞ぎ込んでいく。
治療が一区切りつき外泊許可が出ても、娘はそれを拒否し、病室に引き篭もってしまう。
明らかに、人目を気にしているようだった。
事前にウィッグを用意していたが、もういいと片付けてしまう娘。
せめて髪が伸びたら、前向きになれるのか?
そんなどうしようもないことまで、思い耽ってしまっていた。
神様。娘の病気を治してくれないなら、せめて髪だけでも伸ばしてあげてください。
生きる気力を、あの子に。
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