2人が本棚に入れています
本棚に追加
季節が巡る中であの子の髪は伸びたが、当然ながら僅かな長さであの頃に戻れるはずなく。行動範囲は病棟のみだった。
このままどこに行くでも、誰と話すでもなく、天寿を全うするしかないのか。
そんなのって。
気付けば、娘のスマホのメッセージアプリを勝手に起動させ、「藤城くん」という名前を探していた。
その男の子はすぐに見つかりやり取りを見ると、娘の長文に対して、彼は「分かった」「別に」「知るか」など、そっけない。
側から見ると、娘の一方的な想いを軽くあしらっているように見えるが、最後のやり取りは。
娘からの電話一回に対し、彼からは三回かかってきている。
しかし娘は、その電話には応対していない。
日にちは、抗がん剤治療を受ける二日前。
髪を剃る前日だった。
あの日の涙は、そうゆうことだったのか。
病気によって散った、恋の花。
私は、衝動的に操作しようとして指を止める。
彼の名前があったのは、ブロックリストの中だった。
つまり娘は、彼との連絡を自ら絶っている。
もう会わない。その覚悟を感じ取った。
だけど削除まではしていなくて、それはどうしても出来なかったのだろうと思うと、余計に切なくて。
そうだね。
彼にだって、彼の人生がある。
それなのに「余命僅かな娘に会って欲しい。娘はあなたに好意を持っている」。
そんなこと望めるはずもない。
これ以上、娘の領域に踏み込んではいけない。
踏み躙ってはいけない。娘の想いを。
「ごめんね。もう見ないから」
私はスマホを閉じて、眠っている娘の元にそっと戻した。
最初のコメントを投稿しよう!