娘の初恋

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「かみ、きりたい」  四歳になっても入院治療を継続しており、本格的な治療を控えた前日。娘は軽い口調でそう言った。 「髪を切りたい」。単に短くしたいという意味ではないことは、分かっている。  だって明日からは、また。 「うん」  私はその言葉しか返せず、道具を病棟に借りに行く。  明日より抗がん剤治療がまた始まり、せっかく伸びた髪の毛は、また抜け落ちる。  それが辛く、治療の前に髪を剃る人は珍しくない。  だけど、私には出来なかった。娘の髪を剃るなんて。 「本当にいいの?」 「うん。掃除大変だよね?」  そう言い、ニコッと笑う娘。  三歳を過ぎた頃には物分かりが良くなり、何も言わなくなっていた。  治療は嫌だとか、家に帰りたいとか、その他のわがままも。  いつも「大丈夫」だと笑う姿が健気で、余計に泣けてきて。  バリカンを持つ手が震える。娘の髪を剃りたい母親などいるのだろうか?  明日から治療が始まる。そしたら遅かれ早かれ、髪は失くなる。分かっているのに。 「おかあさん。ごめんね」  そう娘が一言呟いた。  私が泣いていることに、気付いているのだろう。  泣きたいのは苦しい治療を受けて、髪まで失うこの子なのに。  私は、ふわふわな娘の髪を丁寧に剃っていく。 「あしたから、がんばるね」 「……うん」  その一言しか返せなかった。
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