娘の初恋

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 そして高校進学。  二週間が過ぎた四月半ば、桜が舞う頃にこの出会いは突然訪れた。  中学からの友達と同じだった為、楽しい高校生活になるだろうと思っていたら、娘はドタバタと帰って来た。 「こら! 走ったらダメ……!」 「あ、あ、あ、憧れの須藤(すどう) (つばさ)さんに会っちゃったー!」  キャアキャア叫んでいる娘は、私の言うことを聞いてなんかいない。  須藤 翼とはweb投稿している小説家であり、娘曰く、その界隈では有名な作家で、経歴不明。 「はぁはぁはぁ……」  ハッと気付けば娘は息を切らせていて、その場に座り込んでしまった。  感情では飛び跳ねたくても、体は付いていかないようだ。 「それでね、小説執筆のやり方教えてもらえることになったの!」  急過ぎる話に、次は私の頭が追い付いていかない。  ……まあ、いっか。この子が笑っていたら、それで。  それから娘はイキイキとし、より執筆にのめり込んでいった。  そんな高校一年の夏休み。  娘は予定の手術と化学療法を受け、治療の関係で体調が悪く執筆が思う通り進まなかった。 「はぁ。書いていないのに連絡できないよね。何してるのかな?」  何度も溜息を吐きながら、須藤 翼さん。いや、本名 藤城(ふじしろ) 直樹(なおき)くんのことを呟いていた。 「良いじゃないの。何しているの? とメッセージ送れば?」 「でも藤城くん。執筆以外は連絡してくるなって」 「書けないー! って打てば?」 「えー、でも迷惑だし……」  俯き、もじもじとし出すその姿。  ……あれ? あ、これは。  なるほど。憧れから、恋心に変わったのか。  そっか。そっか……。  嬉しい反面、どこか複雑な思いだった。  この恋は絶対に実ることのない、運命にあるもの。  いや、正確には実らせてはならない。  母親として。
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