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1.婚約者
「エディの婚約が決まったらしいよ」
そう伝えてきたのは魔王を倒したあと、勇者とよばれることになった青年だった。
世界中で知らない者はいないという名のアーノルドは、リナをまっすぐに見据えた。
――過去には魔法が溢れていたという。
それを発現するのに必要な魔力を人々は持たなくなって久しい。そして魔力を持つわずかな亜種は、街や里を離れ未開の地に追いやられ、ひっそりと隠れるように住むようになった。
やがてその生活に異を唱えたのは魔王というものだった。
彼は魔力を持つ人に似た者たちを集め、そのうちよからぬ考えをもつ異形な者達と結託し魔法を進化させ、これまでと真逆の勢力図を築いた。
異形の者達は、なぜか人を虐げることを好んだ。それは追いやられ、傷つけられたことへの復讐、歪んだ認識が長年蓄積していたからかもしれない。
人間から狩られる立場から、狩る立場へと変わったのだ。
かくして、人は壁を築き、己たちを守ることに必死となった。その関係が続いた三百年後、一人の若者が立ち上がった。
魔物による迫害がひどくなり、ますます虐げられ人が卑屈になっていく。
慣れて諦めていく、その現状に打開しよう、そう言って彼は村をでた。
後ろ盾もなく、有名な戦士でもなかった。ただ闊達で前向き、人を魅了する性格と、やり遂げる強い意思があった。
その青年、アーノルドがリナを訪ねてきたのは、ある程度彼の陣営が大きくなってからだった。魔法が使えるために森の人と呼ばれつつも人とは隔して住む一族の最後の生き残りのリナに仲間になってほしい、と彼は言った。
最初は嫌だと言った。自分は隠れ里にすみ、人と接したことはない。それに魔法を使える自分は奇異に見られる。一歩間違えば、魔法を操る自分は敵意をもたれるかもしれないと。
そんな自分を説得したのは、エディだった。
彼は――アーノルドの片翼の一人で知将とよばれる参謀だった。
穏やかな口調、理知的な色を宿す紫の瞳、物事を理論的に話すのに、そこには思いやりがあるから、誰にも冷たいと思わせない。
それは自分が一番わかっていた、と思っていたのに。
「リナを傷つけるもの全てから、俺は守るよ」
そう言ってくれたのに。
婚約者は聞かなくてもわかっていた。
「相手は帝国の王女?」
震えを隠して、父母の墓前に花を植えながらリナは尋ねる。
そして伝えに来たアーノルドは「そうだ」と一言告げた。
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