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竹内とは会ってもう三年くらいになる。
同人即売会で我がサークルのブースに来た客。サークル長をはじめとする腐女共はそりゃあ色めきだっていた。なにしろ竹内は顔がいい。
金髪、ピアス、ジーンズ、赤シャツ、スカジャン。その頃に流行っていたヤンキー漫画から抜け出して来たようなイケメンは、しかしこの時点ではまるっきり挙動不審で。
「あ、のぅ……そっえっ……とぉ…」
キョドキョドしながら視線を泳がせるイケメン。
「ご、ごご……ぐんっ、ごんだっ!権田ぁ!お、お、鬼無双先生はい、いぉりっ、いらっしゃ……でしょうかぁ!」
かと思えば突然大声をあげる。
慄く。慄くが、ご指名ならば賛辞か酷評である。
「ご、権田鬼無双は……私です」
ならば是非は問わず。
「私が権田鬼無双です」
総て今後の糧とするのが、造形作家の矜持というものだ。アマチュアだけど。
果たして私への評価は如何にと、身を固くする私に対して、
「ご、ごご、ごんっ!せっ!せんっ!せんっせえええええ!」
奇声と共にズバッと出された両の腕。ビックリして椅子から転げ落ちてしまった。
んふーっ!んふーっ!と鼻息を荒くしながら、竹内は私を見下ろし、
「フぅあァンです!せ、せっせぇのさくっ!作品にい、いい、命を救われました!あくっ!握手して下さい!」
警備スタッフが集まってくるくらいの高評価を頂いたのだった。
その後、竹内はいつのまにか我がサークルのメンバーとなり、三ヶ月後に上京。私の公式ストーカーとして大学まで追っかけてきやがった。
因みに竹内の命を救ったらしい私の作品は『ごっキュン天使ペリカンちゃん』のライバルである『トゲトゲ悪魔オサ&カナしゃん』の水着フィギュア。
大したパッションである、頭がおかしい。
さて、そんな頭のおかしい竹内が今、顔を真っ青にして言った言葉。
「ろくろ首だぁ?」
「ろくろ首っす。オバケだったんすよあの女」
いや、怖いのダメなのは知っていたがろくろ首ってオマエ。
「首が伸びたのか?」
「首が伸びたんすよ!」
しつこいようだが竹内のチンピラファッションはただのコスプレで、成りはデカいが小心者。下手にモテてしまった故、ガワを脱げなくなってしまっただけ。
喧嘩どころか血を見るのもダメで、ピアスなんかは頼まれて私がいれた。ブルブルと怯える竹内に抱きつかれながらである。アレはちょっと愉しかった。
そんな訳でキャラも口調もみんな借り物。他人とぶつかるのが怖いので、ただひたすらに優しく接する事しか知らず、結果、今では立派なメンヘラホイホイである。
「見たのか?首のびるトコ」
「みてねぇす」
「じゃあ違ぇよ帰れ竹内」
「ちょちょちょちょぉい!お願いしますよぉ!」
「なんでろくろ首だって?」
めんどくさい、が、このままでは竹内が帰らない。どうにか宥めてろくろ首の下へ返還せねば。締め切りが近い、忙しいのはマジなのだ。
「なんで首が伸びたって思ったんだよ?」
言葉尻が荒くなるのもしょうがない。だって竹内だし。
「えっとぉ、三ヶ月くらい前なんすけどぉ…」
「馴れ初めはいらねぇよ首が伸びた事だけ話せ」
「いやちょ待って。こっちも整理しながら…」
「最初は大人しかったんだろ?」
「ぅっ…」
こいつは何万回同じ轍を踏むのか。
「ソフトに扱い続けてたら相手が苛ついてきて、他に女がいるって疑われたんだろ?」
「まぁ……はぃ」
「もういいっつの。それ五億回聞いたわ」
竹内は根っこから臆病者である。怒られるのも嫌われるのも怖いので、優しくはすれども絶対に自分から関係を進めない。
常に『君がしたいならどうぞ』というスタンス。主体性皆無のまま身体の関係までいくので、付き合った女の精神が崩壊していく。
「いやでも今回はまだ手も繋いでなくてぇ」
「うるせぇ、その女が家に上げろって言ってきて断ったんだろ?」
「……ぃや、なんかすげーウチに来たがるんすよ。なんなんすか女って」
「他の女の痕跡探しだっつてんだろ。だから五億回聞いたっつーの」
竹内の部屋。
私は一度行ったが、ひっどいもんである。
玄関から廊下を挟んでリビングに布団がひとつ、机がひとつ。最低限生活できるだけの家具家電が、2LDKの各部屋にぽつぽつ。
それ以外のスペースが、全てアニメグッズで埋めつくされている。
「いや、部屋あげろとか無理。コレクション触られたくないんで」
「もう一部屋借りろっつの。ボンボンだろオマエ」
竹内家は裕福で、今竹内が住んでいるマンションは母親が竹内に買い与えたもの。
「金はあるんだから、謎の二重生活で彼女を安心させてやりゃいいだろ」
「いや無理」
その理由。
「ペリカンちゃんが見守っててくれないと。オレ、無理なんで」
リビングに敷かれた布団の枕元。
まるで祭壇のように仰々しく飾られたガラスケースの中には、私の最高傑作である『ごっキュン天使ペリカンちゃんアルカイックパフォームver.』が鎮座ましましていて、竹内は朝晩二回、ぼぼ欠かさずペリカンちゃんに向かって祈りを捧げている。
同人作家とはいえ、自分の造形物をこれほどまでに愛してくれるファンがいる事に、私は誇りと喜びを感じるワケないだろ気持ち悪いシンプルに気持ち悪いぞ竹内。
まぁそんな訳で、竹内は部屋に人をいれないし、どんなに盛り上がっても十一時には帰路につく。
竹内と付き合った女は全員、自分は遊ばれてるだけなのではないかと疑い、そういえば連絡しても全く応答がなくなるタイミングがあるなどと看破し、つきまとい、家を突き止め、見張るようになり、と、ここまでは最早お決まりのトラブルである。
「視線を感じてふと窓をみたら……あの女が覗いてたんすよ…」
ガタガタと歯の根を鳴らす竹内。
それに関しては、確かに無理もない。
「ウチ…………二階すよ?」
なんというか、そういう事だったんだろう。
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