11.問答

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11.問答

 一瞬、背中に悪寒が走った。  すぐさま背中に隠してある銃に手を差し伸べる。  黙って殺(や)られるつもりはない。 「なんでそんなに怖い顔して僕を見るの? やっと見つけたのに冷たくない?」  泰雅から殺気は一切感じない。  けれど、油断はできない。なにしろ、コイツには『グリムリーパー』を探していたのだから……。 「失礼ですが、どちら様ですか?」  あえて知らないふりをした。  すると、泰雅は唇を尖らせて不満を口にする。 「なんで知らないふりをするの?」 「私のことを覚えているんですか?」  聞き返した俺に、泰雅は満面の笑みを浮かべた。 「うん」  木南が失敗するはずもない……となると本当に自分で復旧したのか……。  マジか……。  にわかには信じがたいことだが、実際に目の前に泰雅が居る。  これは覆しようのない事実。ならば後は自分で処分するしかないか。 「やっとみつけたのに、なんでそんなに機嫌が悪いの?」  そりゃぁ、付きまとわれたくないヤツに家まで探られたんじゃ、誰だって機嫌も悪くなるだろ。  気分が悪いというより、この状況は恐怖でしかない。 「何故私を探したんですか?」 「わからないけど、目が覚めたら公園にいて、どういうわけだかあなたの顔が頭に浮かんだ。そしたらどうしてもあなたに会いたくなって街中探しまくった」  俺は無駄に不興を買わないよう接していただけなのに、付きまとわれるようなことをやらかしたのか? 「ほとんどストーカーですね。何故そこまで私に固執するんですか?」  泰雅は首をふる。 「本当に分からないんだ。ただ気付いたらあなたのことを探して、ここに来ていた」  なんとも対処の仕方に困る回答だ。  でも、データは復旧されているはずだ。 「あなたが帰ってこなくてお仲間も心配されているのではないですか?」  すると、泰雅は少し考えた素振りを見せたが、すぐに口を開く。 「僕のことなんて誰も待ってやしないよ。僕は壊れたら廃棄されるだけのモノだから」  淡々とした口調でそう答える泰雅。  形は人間そのものだが、存在としてはモノでしかないのだろう。 「でも、あなたが帰る場所はあるはずでしょ?」  泰雅は殺し屋だ。  何らかの組織に属しているはずだ。だから、あの時、小太りの男を殺すためにあそこにいた。  泰雅に小太りの男を殺すように指令を下した人間がいる。  それにこれだけの高性能な万能ヒューマノイドであり、最強の武器だ。  組織が手放すはずはない。 「僕が人間じゃないって、あなたは知っているんですね」 「え?」  泰雅の言葉に思わず固まってしまう。 「僕が『壊れたら破棄されるだけのモノ』と言っても、あなたは不思議に思わなかった」  しまった!  確かに『人間』であれば使わない言い方だ。  高性能なヒューマノイドだと知っているからこそ聞き逃してしまった言葉だ。  しらばっくれても仕方ない。  本当のことを話すしかなさそうだ。 「ああ、確かに。私はあなたがヒューマノイドであることを知っていました。あなたからそう聞きましたし、あなたの修理を依頼したのは私なので」 「何故、僕を修理してくれたの?」 「家へ帰れるようにする、というのがあなたの依頼でしたから」 「ふ~ん」  そう言うと、泰雅は壁にかけられた『金城探偵事務所』という看板をちらりと見た。 「探偵さんなんだ」 「ええ」 「なら、僕を雇ってよ」 「何故?」 「僕、役に立つよ。哺乳類なら会話ができるしペット探しは任せてよ」  哺乳類と会話ができるのは捨てがたいって、このやり取り前にもしたな。  だんだんとやり取りが面倒になってきた。  なんでもいいからとっとと帰ってくれ。 「結構です。仕事はひとりでするのが私のスタンスなので。それより家に帰らなくていいんですか? あなたほどのヒューマノイドなら、帰ってくるのを首を長くして待っているんじゃないですか?」  これだけの高性能なヒューマノイドだ。  開発にも相当な時間と金がかかっているはず。  単なるモノではないだろう。 「僕、あそこあんまり好きじゃないんだよね」  家出少年か?  ここは保護施設じゃない。 「好き嫌いの問題ではないでしょ」 「え~、でも。帰ったら僕はきっと、『僕』ではいられなくなる」  殺しを生業にして生きてきたから、なんとなくその理由は分かる。  この世界に身を投じていれば、失敗は即、死に繋がる。  殺し屋を消す殺し屋がいる世界だ。  失敗した者は当然だが、命令に背く者もすぐに消される。  いくら従順に指令に従っていても危険分子と判断されれば、それもまた排除の対象になる。最悪の場合、懸賞金までつけられる。  そんな世界で生きている泰雅は、小太りの男を殺せと命令されたにも拘らず、あっさりと小太りの男を見逃した。  小太りの男は別の者の手によって消されたが、その命令に従わなかった泰雅は消される。  むろん、泰雅はヒューマノイドだから殺される事はなくても、造り変えることは可能だ。  いや、外側が無傷なら造り変える必要もない。データを入れ替えるだけで済む話だ。  でもここで矛盾が生じる。  泰雅は自分が造り変えられる事を分かっていて、小太りの男を逃がした。  それなのに今更『あそこは好きじゃない』とか『僕じゃいられなくなるから』と拒むのはおかしくないか? 「君は納得したうえで男を逃がしたのではないんですか?」 「うん。あの時は何も面白いことないし、いいかなって思ったんだけど……」  ここで、なぜか泰雅は言葉を切った。  そして、ジッと俺の顔を見る。  なんだかゾワゾワと背筋が寒くなる気がした。 「けど?」  やめておけばよかったが、思わず聞き返していた。 「あなたのことがどうしても気になって」  ああ、やっぱり聞かなければよかった。  ものすごぉ~く迷惑なことだ。  この世界に例外は存在しない。  消される対象となったものは、消されるまで執拗に追われる。  ただでさえ懸賞金がかけられ面倒くさいのに、抹殺対象となった泰雅と一緒に居るなんてまっぴらごめんだ。  付きまとわれるようなことをした覚えはないが、新手の嫌がらせだろうか……。 「私、あなたの気にさわるようなこと、しました?」 「あなたとはたぶん初めましてだから、何もされてないよ」  木南はしっかりデータを削除してくれていたおかけで、俺との事は何も覚えていないようだ。  では何故、俺に付きまとう?  疑問が増えるばかりだ。 「さっきかから言っていることがメチャクチャですよ」 「う~ん、自分でもよくわからないんだけど、あなたに会いたくて必死に探したんだ。目が覚めたらあなたの顔が浮かんで、どうしても会いたくて、気付いたら必死に探してた」  ご苦労様としか言いようがない。 「だからといって、あなたを招き入れる理由にはななりません」  きっぱりと言い放ったが、そんな事でくじけるようなヤツではい。 「あなたのことが好きだから、っていうのは理由にはならないの?」  さらに詰め寄ってくる。しかも捨てられた子犬のような顔で見つめられても、すでに良心というものはかなぐり捨てている身としては、同情すらする気になれない。 「なりません。あいにく私はノーマルなのであなたの意向には添えられません」 「いやぁ~誤解しないでよ。人間として好きって意味だよ」  あ~ホント、ウザッ。 「どちらにしろ、あなたがここに居る理由にはなりません」  そう言い切った時、か細い声が割って入った。 「あ、あの」  見れば幼い男の子が不安そうな顔で立っていた。 「ここは探偵事務所ですか?」  6歳くらいだろうか。  陽はすでに落ちている。  まだ明るいが、すぐに暗くなる。子どもが一人で出歩いていい時間ではない。  しかも路地裏のビルの一画。  あまり治安がいいとは言えない。  親がすぐ近くにいるのかと、周りを見たがそれらしい人物は居ない。 「お父さんかお母さんは?」  俺の問いに子どもは首を横にブンブン振った。 「君ひとり?」  今度は首が取れそうなくらいに頷いた。 「僕のネコを探してくださいッ!」  声のボリュームが狂っているのかってくらいのでかい声。  子どもは苦手だ。うるさいし、すぐ泣くし、わがままだから好きではない。  けれど、客となれば話は別だ。 「報酬は? まさか無償で探してほしいなんて言いませんよね?」 「え? 子どもからお金とるの?」  泰雅が横から口をはさんできた。 「当たり前です。探偵は慈善事業ではありませんから」  泰雅に対して不機嫌に返す俺の声に、子どもの肩がビクリと震えた。  こちらも仕事としてやっている以上、子どもだからという理由だけで無下に扱うつもりはない。  ましてや無償で依頼を受けるつもりもない。 「探偵に依頼をするということが、どういうことか分かっていますよね?」  俺の問いに子どもは涙目になる。ちょっとつついただけですぐに泣く。これだから子どもは嫌いだ。  たちまち子どもの目に涙がたまっていく。けれど、子どもは必死に涙を堪えながら頷くと、ポケットからビニール袋を出した。 「お、お金ならあります」  懸命にかき集めてきたのだろう。ビニール袋の中にしわくちゃの千円札が一枚と、いろんな金種が混ざった小銭がごちゃごちゃと入っていた。  1,300円といったところか……。子どもにとっては大金だろうが、こちらにしてみればチラシすら作れない。 「これだけですか?」  尋ねる俺の言葉に、泰雅が口を尖らせる。 「これだけあれば十分でしょ」  泰雅は子ども庇うように、子どもの目線に合わせるようにしゃがみながら訴えてきた。  けれど、これは子どもと俺の問題だ。泰雅が割り込んでいい話ではない。 「少し黙っていて頂けますか? 君には関係ないことです」 「でも――」  まだ言い募ろうとする泰雅に腹が立つ。  自慢じゃないが、俺はあまり気が長くない。きっと高校生のスカートの丈ほどもない。 「うるさい! 部外者は黙れッ! 」  泰雅に怒鳴った俺の声に子どもは一歩後退る。けれど諦めるどころかさらにポケットを漁って飴を差し出してきた。  イチゴの絵が描かれた棒付きのキャンディーだった。  それを見て盛大にため息をついた。 「はぁ~。残念ですね。イチゴ味は嫌いなんです」 「「え?」」  泰雅と子どもの声が重なった。 「断る理由がそれ?」  子どもは俺の言葉を理解できなかったのか、呆然としている。  相変わらず泰雅は泰雅で横でごちゃごちゃと文句を言っているけれど、嫌いなものは嫌いだから仕方がない。 「イチゴは大好きですが、イチゴ味は嫌いなんです。では、そういうことで失礼」  今にも泣き出しそうな表情の子ども。この後盛大に泣き出すに違いない。さっさとこの場から逃げるに限る。  けれど、俺の予想は外れ、子どもはなおも追いすがってきた。 「あ、あの! ぶ、ブドウ味の飴もあります」  往生際が悪い。それも子どもが嫌いな理由の1つだ。  でも、ブドウ味の飴は嫌いじゃない。 「では、前金としてこちらをいただきましょう。あとは、成功報酬ということでよろしいですか?」  ブドウの飴を受け取ると、子どもの顔がほころんだ。 「ありがとうございますッ!」 「今日はもう遅いので、帰ったほうがいいでしょう。詳しい話は後日お伺いします。ちょうど明日は土曜日ですし、13時、じゃなくて昼の1時に来られますか?」 「はい!」  元気いっぱいの返事がきた。 「では、明日の1時にお待ちしております。もう日が落ちてしまいましたね。危ないので、そこのお兄さんに家まで送ってもらってください」 「はい。ありがとうございます」  先ほどまでの不安な表情がウソのように、子どもは晴れ晴れとした笑顔で、相変わらずボリュームが狂っているような大きな声で返事をした。 「ということで、よろしくお願いします」  早々に子どもを泰雅に託す。 「僕を雇ってくれるってこと?」  何を勘違いしたか、泰雅は子どもに負けないくらいの笑顔で聞いてきた。 「この子を送ってくれるだけで十分です。では、さようなら」  とっとと追い払いたいのに、何故かそれが敵わない。泰雅は子ども以上にしつこかった。 「僕がネコを見つけらたら雇ってくれる?」  バカか? コイツは。なんでそういう話になるんだ?  あ~もう! ホントめんどくさい。 「ネコを見つけられたら考えましょう」  あいまいに答えて逃げ切ろうとしているのを見透かされているのか、泰雅が執拗に聞いてくる。 「ネコを見つけたら雇ってくれるんだよね?」 「そうですね……3日いや、2日で見つけられたら考えましょう」  高性能なヒューマノイドのお手並み拝見といこうじゃないか。ネコなんてそう簡単に見つけられるもんじゃない。一週間でも難しいだろう。  これで諦めてくれたらいい。  そんなことを考えていた俺に、泰雅は嬉しそうに笑った。 「わかった。あなたを見つけるのに3時間もかかっちゃったけど、でも、僕、探すの得意だから任せてよ」  3時間だと? 俺の情報を全く知らなくて3時間?  「どうやって私を探したんですか?」 「透視した。初めてこの能力があって良かったって実感できた」  マジか……。プライベートもへったくれもないな。鏡張りの部屋にでもしたら透視されずにすむか? いや、それは俺が気が狂う。想像しただけで胸くそ悪い。  もしやこのレベルは高性能ヒューマノイドには楽勝すぎたかもしれない。  そういえば、哺乳類なら会話ができるって言ってなかったか?  マズいな……言質をとられた。  まあいいや。本当に捕まえてきたら考えるとしよう。 「とりあえず、やる気があるなら明日の一時にここへ集合ってことで」  そう言いおいてこの場を去ろうとした。  あ、そういえば大事な事を言い忘れた。 「出来れば保護者同伴でお願いしたいのですが、無理ならきちんとお話をして来てください。面倒は避けたいですからね。あ、それと、ネコの写真はありますか?」  男の子がコクンと頷いた。 「では、明日それを持ってきてください。ってことで今日は解散です」  そう言ってそそくさとその場を離れようとする俺を、泰雅が捨て犬のような目を向けてくる。 「え? 僕はそれまでどうしたらいいの?」  泰雅が不安そうに聞いてきた。  子どもを無事に家まで送ってくれるかが気になるところだが、それこそ俺の知ったことじゃない。  この子が明日の1時に来ないほうが、面倒くさい依頼を受けなくて済む。  そのうえ泰雅を切り捨てることができるから俺は助かる。 「その子を家に送り届けてくれたら好きにしてください」  それだけ言い捨てて、俺はようやく家を出た。
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