14.依頼

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14.依頼

 午後一時。  その時を待っていたかのように、インターホンの音がなった。  ドアを開けると、小さな男の子と、その横にまるで保護者のようにひとりの青年が立っていた。  泰雅だ。  それもなぜかとびっきりの笑顔だ。  とりあえず泰雅を無視して、少年を迎え入れる。 「どうぞ」  少年は小さくを頭を下げ中に入る。  その仕草をまねて泰雅も中に入ってきた。  昨日、やる気があるなら来いと言った手前無下にはできないが、相手にするのも面倒なので好きにさせておく。  自宅と事務所を兼ねているからあまり広くはない。  入って真正面には窓があり、その窓のすぐ下にソファとテーブルが置いてある。  そこへ少年を案内する。 「そこに座って少し待っていてください」 「はい」  緊張したような声が返ってきた。  彼のために用意しておいたオレンジジュースを持って戻ってくると、少年はソファに浅く座っていて微動だにせずただ一点を見つめていた。  探偵事務所なんてそうそう来るところでもない。ましてや、小さい子が保護者なしに来るような場所ではない。  緊張するなという方が難しいだろう。 「そんなに緊張しなくても大丈夫ですよ。まずはこれでも飲んでリラックスしてください」 「ありがとうございます」  ジュースを差し出すと、少年はぎこちない笑顔で礼を述べた。  その隣に座っていた泰雅が不服そうに頬を膨らませる。 「僕の分は?」  少年の隣に深々と腰を掛けた泰雅をジロリと睨みつける。 「あなたはここへは彼の付き添いで出来たんですか? それとも探偵としてこの場に同席するんですか?」 「僕はあなたと一緒に仕事がしたい」  なんとも返答に困る言葉だが、少年の付き添いではないのなら、座る場所はそこではないし、ジュースなど出す必要もない。 「ネコを探したいのなら、あなたの座る場所はそこではありません」 「あ、そっか」  そう言うと、嬉しそうに泰雅は俺の隣に腰掛けた。  そして、駄々っ子がするように両手をグーにして膝を叩きながら催促する。 「で、僕のジュースは?」  腹も減らず喉も乾かないはずのロボットだ。それなのに、何故かオレンジジュースにこだわる泰雅。  そんな泰雅に少し腹が立ってきた。 「客人でもないあなたに出すジュースはありません。どうしても飲みたいのなら自分で買ってきてください。それと、邪魔をするなら出て行ってください」 「邪魔なんかしないよ。僕がネコを探すんだから」  はいはい。コイツの相手はこれくらいにして本題に入るとするか。 「では、お伺いしましょう。 まず、ご両親にはきちんと話してきましたか?」  年端もいかない子どもをだましたとか、ヘタすりゃ誘拐の容疑をかけられたら洒落にならん。  親に話をしていないのなら依頼は断ろう。  そう思っていたが、男の子はポケットから封筒を出した。  それを俺に差し出した。  受け取り中をのぞくと、手紙が一枚入っていた。  白い便せんに達筆な文字で書かれた手紙は、どこか冷たさを感じた。 『この度は息子がご迷惑をおかけしております。息子が依頼したネコの捜索の件ですが、そもそもネコは捨て猫でありお金をかけて捜索するつもりはありません。息子には別のネコを買い与えるつもりです。息子に話をしましたが納得せず勝手に依頼してしまいました。当然のことながら息子は未成年で親の承諾なしに依頼したことなので、依頼は元より成立していないはずです。ですので報酬の支払いも生じないものと認識しております。不服がある場合は――』  ご丁寧に法律事務所の連絡先まで記載してある。  要は、依頼をする気もなければ、報酬を支払うつもりもないという内容だ。  手紙の内容は分からずとも、親の様子から察してはいるのだろう。  彼は単に猫を飼いたいわけではない。居なくなってしまった『ネコ』を飼いたいだけなのだが、残念なことに親はそのことを理解していないようだ。  少年は膝の上に置いた手をギュッと握っている。  さて、どうしたものか。 「君の意見を聞かせていただけますか?」  すぐに追い出されると思っていたのだろう。  驚いた顔をしてこちらを見た。 「え?」 「私の依頼人はあなたです。あなたはどうしたいのですか?」 「……チ、チロを探してほしいです」 「わかりました」 「でも、僕お金払えないし……」  今にも泣き出しそうだ。  それだけは勘弁だ。 「泣くなら今すぐにでも出て行ってください」  そう言って立ち上がると、男の子は慌てて袖で目元をぬぐった。 「泣いてない! 泣いてません!」 「いいでしょう。話を続けます。そうですね、まずは報酬のお話をしないと安心して依頼できませんよね」 「受けるの?」  泰雅が驚いたように聞いてきた。 「ええ、前金を頂いていますし、彼は探偵に依頼することをきちんと親御さんに話をしてきました。断る理由がありません」  そう、俺は親に話して来いと言っただけ。許可を得て来いとはひと言も言っていない。 「でも、僕これだけしかお金払えないけど……」  男の子はポケットからありったけの物を机の上に置いた。  昨日も見せてもらったモノだ。  片っ端からかき集めたであろう小銭に小石。  キャンディとその包み紙。  それと、慌ててポケットに入れたのだろう。  しわくちゃになった1万円札があった。  彼が持っているにはあまりにも不自然な金だ。 「これは?」  1万円札を手に取り尋ねると、途端に彼は下をむいてしまった。  親の財布からくすねてきたのだろう。だから出所を口にはできない。 「申し訳ありませんが、あなたの依頼はお受けできません」  きっぱりと言い放った俺の言葉に、すぐさま声が帰ってきた。 「「どうして?」」  泰雅と男の子の声が重なった。 「汚い金で仕事を受けないと決めているんです」  盗んだ金ほど厄介なものはない。  面倒は御免だ。 「でも……でも、僕お金持ってないし……。お父さんもお母さんもお金払わないって……」 「じゃあ、諦めますか?」 「嫌だ! 僕、チロじゃなきゃ嫌だ。そうだ、僕が大人になってお金を払えるまで待ってくれますか?」 「残念ですが、あなたが大人になるまでは待てません。こちらもいつまで生きていられるか分かりませんし……」 「じゃあ、どうすれば……」  途方に暮れたようにうなだれる男の子。  すると、泰雅がいきなり声を上げた。 「そうだ! 僕お金を作る方法知ってるよ。臓器のひとつでも売ればけっこうなお金になるんじゃない? 僕売買しているところ知ってるから、教えてあげようか?」  泰雅の有難迷惑な提案に、途端に少年の目が怯えた。  でも、よほどネコを探したいのか、臓器売買がどういう事なのかよくわかっていないのか、怯えながらも泰雅の提案に少年は頷いた。 「腎臓ならふたつあるから大丈夫――」 「君は黙っていてくれますか」  冗談ともつかない説明をしだす泰雅を睨みつけた。 「臓器売買のあっせんなら他でやってください。そして二度と私の前に姿を見せないで頂きたい」 「僕は彼を助けたくて……」  うなだれる泰雅。  少年を助けたいという気持ちは分かるが、笑えない冗談だ。  それに悪気はないとはいえ話が話だけに容認できない。 「ネコの捜索の話なら聞きますが、それ以外の話がしたいのなら他へ行ってください」 「ぼ、僕どうしてもチロを探したんです。でもお金ないし……」  机の上に広げっぱなしの彼の持参金を眺める。  その中にあるキャンディーを掴む。 「君はメロン味は好きですか?」  泰雅に尋ねると、戸惑いの表情を浮かべながらも頷いた。 「では無事にネコを探し出せたら、これを頂けますか?」 「え?」  目をまん丸にして驚く少年。  何の話をしているのかわからないようなので、ハッキリと口にする。 「報酬のご相談です」 「そんなんでいいんですか?」  少年の顔がパッと輝いた。 「ネコを探すのは彼です。彼がこれでいいというなら交渉成立です」 「え? 僕の報酬? この飴が?」  泰雅まで目をまん丸にして聞いてきた。 「不服ですか?」  泰雅はブンブンと音が鳴りそうな勢いで首を横に振った。 「不服じゃない! 僕、報酬もらえるの?」 「ちゃんとネコを探せたらです」 「大丈夫。僕絶対探せる!」  自信満々に言うと、泰雅はメロン味の飴を取ろうとしたので、慌てて避ける。 「これはまだ彼の物です。ネコを探し、無事に彼のもとに届けるまでは頂けません」 「成功報酬ってやつだね。じゃあ、僕探しに行ってくる」  言うが早いか、泰雅は立ち上がると部屋を出ていこうとする。  まったく、高性能なヒューマノイドのくせに、ここまで単細胞なのか? 「まだ、何も話を聞いていませんよ。あなたはどんなネコを探すつもりですか?」 「あ、そっか」  そう言うと、すぐさま隣に座った。  その泰雅の顔を見て、思わずため息が出る。  泰雅の顔は期待に満ち溢れていた。ヘタすれば『ワクワク』と聞こえてきそうな顔だ。  なんだか小学生を相手にしているようだ。  へたしたら目の前に座っている少年のほうが大人に見える。  どっと疲れが出るが、まだ何も始まっていないことに気づく。  コホンと咳ばらいをして、少年に向き直る。 「依頼を受けるにあたって、ひとつ条件があります」  途端に少年の顔が曇る。  ついでに泰雅の顔も曇るが、コイツは無視する。 「なんですか?」 「このお金は元の場所に戻すこと。できますか?」  その問いに、少年は力強く頷いた。 「はい!」 「では、まず、あなたのお名前からお伺いします」 「僕の名前は、黒崎学です。小学校一年生です」  小学一年生にしては随分しっかりしている。 「ネコの特徴を教えていただけますか?」 「えっと……チロっていうの。小さくて、黒くて。それと、すべすべで撫でるとゴロゴロいうの。それでね、ボクが家に帰るといっつも足にすり寄ってきて、たまに踏みそうになっちゃうの。でね、抱っこしようとするとイヤがって逃げちゃうんだけど、ボク、チロのこと大好きだからご飯たくさん上げすぎちゃって、ママが病気になっちゃうからダメよッて注意するんだ」  出だしこそぽつりぽつりという感じだったが、話していくうちに言葉のスピードは増していき、内容も支離滅裂だ。  大人びて見えていた黒崎少年だったが、枷が外れたのか炭酸の泡がコップから溢れだしたかのようにしゃべりだした。  けれど、彼が飼っているネコがどんなネコなのかは分からなかった。  黒崎少年の話は猫の特徴であって、彼が飼っているネコの特徴ではない。  分かったのはネコの名前がチロだという事だが、それだけではネコがメスなのかオスなのかも分からない。  撫でればゴロゴロいうし、しつこいくらいに足にすり寄ってくるというまさしく『ネコ』である習性を聞かされただけでは『チロ』を探すのは難しい。  どうしたものかと考えていると、黒崎少年がズボンのポケットから一枚の写真を取り出した。  少年とネコが写っている写真だ。  小さなポケットに納められていたせいで、写真はクシャっとしていたが特徴を知るのに支障はない。  チロは真っ黒な子猫だった。  首には赤い首輪がされていて、小さな鈴が付いている。  瞳の色は子猫特有のブルーだ。  ごく普通の黒猫だ。これは探すのに苦労しそうだ。  まあ探すのは俺ではないが。  高性能ヒューマノイドのお手並み拝見といこうじゃないか。 「では、2日後の午後3時。それまでに猫を探すということでいいですか?」  黒崎少年と泰雅が大きく頷いた。 「では、良い返事ができるよう頑張ります、彼が」  泰雅の方を指さすと、泰雅は自信満々に頷いた。 「はい、頑張ります」  胸を張って答えた泰雅に、黒崎少年は頭を下げた。 「よろしくお願いします」  来たときは違う晴れ晴れとした表情で依頼人の黒崎少年は帰っていった。  するとひと息つく暇もなく、黒崎少年と入れ違いに香水の臭いが漂ってきた。
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