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05.青年
「ここはどこですか?」
「牧場」
「普通の牧場ですか?」
「普通の? 普通じゃない牧場って何?」
「例えば……地獄の入り口とか」
「地獄? 地獄の入り口に牧場があるの?」
「知るかッ! ……コホン。失礼。まだ行ったことがないのでもしかしたらあるかもしれないなと、思っただけです」
「へぇ~」
へぇ~って……、なんか急に恥ずかしくなってきた。
ものすごく変なことを言っている気がする。
が、とりあえず材料集めだ。
「ここまでどうやって来ましたか?」
「僕が担いで」
担いで、だと?
少しだけコイツより背は低いが、身長は179センチ、体重は61キロ。
どちらかといえば痩せ気味に分類されるが、それでも成人男性を担ぐのは容易い事じゃないだろ。
死んでしまえば重みを感じないという事だろうか。
それにしてもいくらなんでも、人に担がれて三途の川を渡るのは嫌だな。
と、まあ、突っ込みどころはいろいろあるが、とりあえず聞きだしたいことはまだある。
「何故ここに来たんですか?」
「あなたがお肉を食べたいって言ったから」
話が全然見えてこない。
聞き方が悪いのか?
それなら聞き方を変えよう。
「君の目的はなんですか?」
「目的?」
「私を殺した目的です」
いい加減腹が立ってきて、ズバリ聞いてみた。
俺がグリムリーパーだということはまだ気付かれていなかったはずだから、どうせ邪魔だからとか、ヤバい場面を見られたとか、そんなくだらない理由だろうが、青年は目を見開き黙ってしまった。
「……」
これまで素直に答えていた青年が突然黙り込んだ。
ここまできてなぜ黙る?
コイツにとって都合が悪い話題だからか?
さすがに本人を目の前にして殺す目的をベラベラ喋るヤツはいないか。
一向に理解できない状況で、謎は深まるばかりなのに青年はさらに謎を増やしていく。
「誰があなたを殺すの?」
「君だよ」
「え? 僕?」
「そうだ、君が私を殺したんでしょ?」
「殺し……た? なんで?」
「知るかッ! それを今、私が聞いてるんでしょうがッ!」
明らかに青年は混乱していた。
けれど、それはこちらも一緒。
全く状況が把握できない。
頭がおかしくなりそうだ。
それなのに、青年はさらに混乱の種をまく。
「え? あなたは死んでるの?」
「お前が……君が殺したんだろぉ!」
「僕は殺していないし、あなたは死んでいないよ」
「………………」
ついに思考が停止した。
返す言葉がない。
シンデイナイ。
シんデいナい。
しんでいいない……。
死んでいない!
俺は、死んでいない。
生きている?
生きている!
それは良かった。
良かったのか?
まあいい。
俺が死んでいないということは、じゃあ、目の前にいるコイツはいったい何なんだ?
なんで頭ぶち抜かれて生きてんだよ。
まさか、ホントにゾンビか?
でも、ゾンビなら墓場がお決まりのパターンだろ。
「なんで牧場なんです?」
「だから、あなたが肉を食べたいって言うから、ここまで来たんじゃないか。ひょっとしてバカなの?」
「君にだけは言われたくない」
すると、青年はぷくっと頬を膨らませた。
「じゃあ、聞くが、何で君は生きているんですか? 普通は頭を撃たれれば死にます。でも、成人男性を担いで牧場まで運べるほどアホみたいに元気です。幽霊かバケモノの類ですか? バカの私にもわかるように、簡潔に説明していただきたい」
すると、ハイハイというように、めんどくさそうに頷いた。
なんかむかつく。
けど、とりあえず青年の話に耳を傾ける。
「僕はロボット」
「ロ、ロボット……だと?」
「そ、だから、銃で撃たれても死なないし、男ひとり担ぐくらい他愛もないってわけ。わかった?」
なるほど、よ~くわかった。
簡潔すぎる説明だ。
理解はした。
けれど、納得はできない。
「信じられないって顔してるね」
「当然です。人間の形をしたロボットも開発されているようですが、ここまで人間とそっくりなヒューマノイドはまだいません」
「でも、僕はまぎれもないヒューマノイドだよ。この皮膚の下は骨じゃなくて金属だよ。見てみる?」
「結構!」
速攻断る俺の反応に、青年の口角が微妙に上がった。
こいつ、俺が血が苦手だって気づいているくせに、わざと言ってやがる。
こんなロボットがいるだろうか。
到底信じられる話ではないが、人間であれば即死しているはずの青年は平然としている。
「僕はより人間らしく精密に造られたヒューマノイド。味覚も嗅覚も感触も人間と同じように感じる。ケガをすればも血も出る。多少の傷なら自己修復機能で治すことだってできる。まあ、ここまで傷つけられるとさすがに自力で治すのは難しいけど、これでも高性能なんだよ。一万キロ離れたところまで透視もできるし、半径10キロ以内なら盗聴もできる。7,000言語は話せて、哺乳類なら会話もできる」
一気に話すと得意げな表情を見せた。
まあ、これだけ高性能なら胸を張りたくなるのも分かる。
「なるほどね、そりゃあすごい。なら、足にジェットエンジンがついてたり、指からレーザービームがでたり――」
「しないよ」
「じゃあ、目がサーチライトになって光ったり」
「しない」
「尻からマシンガン」
「出ない! あくまでヒューマノイドだから、グレネードランチャー持って追いかけたり、液体金属で触ったものに擬態もしない。ちなみに、4次元ポケットもないよ」
「あっそ」
な~んだ、つまらない。
けれど、哺乳類の言葉を話せるというのはうらやましい機能だ。
ペットを探してほしいという依頼は意外に多い。
哺乳類の言葉が分かれば探すのも便利だろう。
探偵には便利なスキルだ。
けれど、そのスキルを活かすために俺を探していたわけではないだろう。
「そんな高性能なヒューマノイドが私に何の用ですか?」
確かに、コイツは『グリムリーパーに会いたい』と小太りの男に言った。
どんな人間なのか興味があるからと言っていたが、所詮目的は『殺し』だろう。
それなのに肉が食べたいと――実際には言っていないが――俺が言ったからここへ連れてきたのにはどういう意味があるのだろうか。
「……」
何故かこの質問には答えない。
「なぜ黙るんです? 守秘義務ってやつですか?」
「……いや……違う。たぶん、これが原因」
そう言うと、青年は自分の頭を指さした。
「まさか、撃たれてショートしたってことですか?」
「たぶん。どうやってもそこだけデータが抜け落ちてる」
そういえばコイツ、ほんの一瞬だったけど動きが止まった。
すぐに動き出したから気のせいかと思ったが、あれがそうだったのだろう。
「じゃあ、もう私には用はないってことでいいですね」
こんなヤバい奴とはさっさと別れた方がいいに決まってる。
ここがあの世ではなく現実の世界なら、俺には帰る場所がある。
ヒューマノイドだという青年は、呆けたようにボケっとその場に立ちすくんでいた。
気にかけてやる義理もないので放っておくことにする。
さて、帰るか。
立ち上がって帰る方向へと足を踏み出そうとしたが、どちらに向かっていいのかさえ分からなかった。
そもそもどうやって帰る……?
俺の生活圏にこんな牧場はない。
見渡す限りの草原。
牛や豚がのんびりと草を食べている。
遠くの方に白いモフモフしたものが何個かあるが、あれは羊か?
こんな所、俺は知らない。
まったく見おぼえのない場所だ。
腕時計を見ると時計の針はちょうど八時を指している。
太陽の位置を確認したが、大まかな東西南北を把握できるだけで、自分がどっちの方角へ進めばいいかは教えてくれない。
まあ、生まれてから一度も太陽の位置を目印に進む方角を決めたことがないから当然か。
スマホを取り出して地図を画面に出す。
現在地からルート検索で調べると、家まで七十キロもあった。
そういえば、ここには俺たち以外は牛と豚だけしかいない。
行き交う車も通らなければ、人影さえも見えない。
それも当然。
この先には大学の研究施設があるのみだ。
しかも今は使われていないようだ。ご丁寧に地図には旧という字が付け加えられている。
その施設を使う人間はいないという事だ。
道が整備されているわりには、交通量がないわけだ。
そこで1つ疑問が浮かぶ。
「ここまでどうやって来たんですか?」
「歩いてきた」
相変わらず呆けているヒューマノイドは事も無げにそう答えた。
「歩いて? 七十キロですよ」
「ウソじゃないよ。僕を見るなりみんな逃げだすんだ。ひどいと思わない? タクシーも乗せてくれないんだよ。仕方ないからあなたを担いできた」
逃げ出すだろ普通。
頭から血を流している男が、人ひとり平気な顔で担いでりゃ、そりゃあ誰だって逃げるし、タクシーの運転手だって仕事を放棄したくなる。
そこまで考えて、ふと不安が頭をよぎり、慌ててスマホでニュースを検索する。
いくつかのサイトを見てみたが、『ゾンビが街を歩き回っている』というニュースは出ていない。
可哀そうに。目にした奴らは今頃必死に忘れようとしているだろうな。
話したところで誰も信じてくれないだろうからな。
そのうち、酒を飲んだ時にでる都市伝説的な会話のひとつとして披露されることだろう。
まあ、電車やバスを使わなかったのがせめてもの救いか。
大騒ぎにならずにすんだ。
ホッとしたのも束の間、問題はまだ解決していない。
どうやって帰るか……。
とりあえず、人が通りそうな道まで歩くしかなさそうだ。
スマホの地図を頼りに足を踏み出した途端、画面が真っ黒になってしまった。
まさかの充電切れ。
ウソだろ……。
いや、まだ俺には道しるべが残っている!
ここまで俺を連れてきたんだから、帰ることだってできるはずだ。
なんてったって高性能なんだから……と、後ろを振り向いてはみたものの、遠くを見つめるヒューマノイドがそこにいた。
ヒューマノイドは、こちらの視線に全く気付かないのか、遠くを見つめているだけでピクリとも動かない。
「おい」
「……」
返事もなければ、こちらを見ようともしない。
「おい!」
先ほどよりも大きな声で呼んでみた。
けれど、やっぱり動かない。
まさか、コイツも充電が切れたのか?
「おいッ!」
怒鳴り声にも近い声で呼んでみた。
すると、びくんと肩が揺れ、そして、ゆっくりとこちらを見た。
動いた。
良かった。充電切れではなかったよう……だ。
ん?
なんだか、雰囲気が違う。
さっきまで少年ぽさの残るあどけなさがあったが、今は鋭くとげとげしい雰囲気を纏っている。
何しろ目つきが違う。
殺気を帯びた目だ。
まさか……。
本来の目的を思い出したか?
「どうしました?」
身構えてみたものの、青年は遠くで草を食べている牛を指さした。
「あの牛で、いいよね」
そう言うなり、いきなり走り出そうとした。
もしや、あの牛に乗って帰ろうとか思ったりしてないよな……。
まさかとは思うが、まだ俺が肉を食いたいと思っているのか?
「だからッ! 牛はもういいッ!」
「え? やっぱり豚がいいの?」
「そうじゃなくて……」
思い出したのは本来の目的ではなく、ここへ来た目的だった。
戸惑った様子を見せるヒューマノイド。
まりにも表情が人間臭くて、話を聞いても頭に弾丸受けてピンピンしていても、この男がヒューマノイドだとは信じがたい。
と、その時遠くの方から車のエンジン音が聞こえてきた。
徐々にこちらに近づいてくる。
チャ――ンス!
これを逃せば今日中に家へ帰るのは難しいだろう。
そう思ったとき、ヒューマノイドがいきなり車めがけて走りだした。
いや、違う。牛へとまっしぐらに走っていく。
それにしてもさすがはヒューマノイド。
走るのが早い。
まあいいや。
所詮俺とは関係のない奴だ。
あいつのことは放っておいて是が非でも車を奪って――、じゃなくて、車を止めてタクシーが拾える場所まで送ってもらお……。
キィィィイイイイイー――――――!
ドンッ!
ボコ、ゴゴゴゴ、ドサッ!
急ブレーキもむなしく、車は牛を捕まえにいったヒューマノイドを跳ねた。
ヒューマノイドはボンネットの上にいったん乗り上げたが、そのまま転がって道路へと転がり落ちた。
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