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09.修理
緩んでいた泰雅の表情が不安なモノへと変わる。
「あなたの質問?」
「そうだ、君を造ったのはだれだ?」
今度はゆっくり質問をする木南。
その質問に泰雅はゆっくりと首をふる。
「僕が覚えているのは、自分がヒューマノイドという事だけ。味覚も嗅覚も感触も人間と同じように感じるし、切り傷も血も出る。多少の傷なら自己修復機能で治すことだってできる。より人間に近いヒューマノイドってことだけ。でも、それだけじゃない。一応ロボットとしての機能も備えてる。1万キロ離れたところまで透視もできるし、半径10キロ以内なら盗聴もできる。7千言語は話せて、哺乳類なら会話もできる」
「すごい! 君のようなヒューマノイドを造る技術があるなんて、こうして目の前にしていても信じられない! もしかして足にジェットエンジンがついて――」
目をキラキラさせて聞く木南の言葉を泰雅が攫う。
「足にジェットエンジンもついていないし、指からレーザービームもでない。それから目がサーチライトになったりしないし、尻からマシンガンもでないよ」
うんざり気味に話す泰雅の言葉に、木南は少しだけ残念そうな表情を浮かべる。
そんな木南に追い打ちかけるように、俺は言葉を付け足す。
「グレネードランチャーを持って追いかけたり、液体金属で触ったものに擬態もしないし、4次元ポケットもないらしい」
「なんだ、そうか」
木南が少しだけ唇を尖らせた。
「だよな。つまらないだろ?」
同意を得るように尋ねると、木南もそれには頷いた。
「なるほどね。交通事故で失った息子の代わりに造られたわけでもなければ、運動も勉強も苦手な子どもを助けるためとか、人類抵抗軍の指揮官を暗殺するために未来から来たわけでもないって事は分かった。じゃあ、泰雅。君は何のために造られた? 使命は何だ?」
木南に質問されると、泰雅は不安そうな表情で首を捻る。
自分がどういう存在なのかは理解しているのに、肝心の『誰がどういう目的で』という肝心な部分が抜け落ちている。
いや、そもそも泰雅がそれを知る必要はなかったのかもしれない。
『モノ』は知る必要がないからだ。
不安になるのも分かるが、そんな人間らしい情緒さえも兼ね備えているとは、改めてこれを造ったやつは優秀な研究者なのだろう。
それと当時に相当イカれたヤツなのだとも思う。
泰雅ほどの高性能なヒューマノイドなら、世界中の研究者が放っておかないだろう。
世に誕生した時点で大ニュースだ。
その高性能を活かして、今頃は社会に大いに貢献していただろう。
それなのに路地裏で額に銃弾をぶち込まれたとなると、泰雅が造られた理由はこの上なく物騒だということは想像に難くない。
「未来から来たわけではなさそうだが、『暗殺』という点においてはあながち間違ってはいない」
黙り込んでしまった泰雅の代わりに話す俺を、木南が不思議そうに見つめる。
「なんで碩夢がそんなことを知っているんだ?」
「ショートする前に、本人から聞いた。『グリムリーパーを探している』ってさ」
「え?」
木南は目を見開くと今度は何かを探るような視線で俺を見た。
血を見て気絶した挙句、牧場に連れていかれたことは省いたが、泰雅と出会ったいきさつを木南にかいつまんで話すと納得したように頷いた。
「木南ならデータの復元と修復ができるだろ?」
本職は弁護士だがIQ160以上の天才で、趣味で開発や研究をしている木南。
趣味といっても、そこいらの開発者や研究者など木南の足元にも及ばないだろう。
盗聴器や小型カメラなど、これまで木南に造ってもらったモノはたくさんあるが、そこいらのモノより高性能で、使い勝手がいいものばかりだった。
それに実験や研究、発明品の制作は趣味だというわりには、かなりレベルの高いことをしている。
今造っているという発電床もそうだ。
駅の改札の床に敷いて、自動改札機の電力をそれで補おうというものだが、確かまだ実験段階じゃなかっただろうか。
しかもそれは大きな研究施設が取り組んでいる事であって、一個人が造り上げる物ではない。
けれど、木南はそれをひとりで造っているし、なんならもうすぐ完成しそうだ。
これが本職ではなく趣味の範疇だというからなおさらだ。
それなのに、木南は心もとない返事をする。
「俺のことをかいかぶってくれるのは嬉しいが、実際にここまで高性能な機械をなおせる自信がない。逆に俺がいじることで壊れる可能性だってある」
不安を口にする木南。
あくまで研究や開発は趣味に過ぎないからなのだろう。
これほどまでに高性能なロボットが存在していること自体、現実味のない話だから躊躇するのも分かる。
「すでに壊れてんだから、木南が壊したところで誰も文句は言わないさ」
そもそも俺たちが修理してやる義理はないんだから。
それをなおしてやろうって言ってんだから、文句を言われる筋合いはない。
けれど、木南は尚も渋る。
「でも……」
これだけの高性能なヒューマノイドだ。
怖気づくのも分かるが、ヒューマノイドの修理は木南にしか頼めない案件だと俺は確信している。
それなのに、木南は自分の実力を分かっていない。
そうしてもうひとつ、木南が自分自身のことで気付いていないことがある。
温厚で冷静沈着。
ちょっとやそっとじゃ感情を表に出さないが、木南は相当な負けず嫌いでもある。
そこをつついてみる。
「そうか……さすがに木南でもここまで高性能なロボットはなおせないか。こんな高性能なロボットはそうそうお目にかかれるものじゃない。木南なら喜んでみてくれると思ったが、そうか無理か。残念だ。他をあたるか……」
「待て、無理だとは言っていないだろ。壊す可能性があるってだけで……」
「そうだよな。仕事も忙しいだろうし、ムチャぶりして悪かったな」
「いや、だから、修理しないとは言っていないだろ。とはいえ、これだけの高性能なロボットだ、少し時間がかかる」
木南が慌てて引き留めてきた。
思わず顔がにやけるが、グッとこらえて真面目な顔を取り繕う。
「仕事は大丈夫なのか?」
「ちょうど一件仕事が片付いたところだ。休みも全然とってなかったからな。まとまった休暇を取るにはちょうどいい」
「本当か? 時間はかかってもいい。彼が家に帰れればそれでいい。修理にかかる費用はこちらで見る」
「わかった。引き受けよう」
ようやく前向きな返事を聞けて少しホッとする。
「ありがとう。助かるよ。ああ、そうだ。傷を負った以降の記憶は消去しておいてくれ。目を覚ます場所はここじゃないほうがいい。どこにするかは後で連絡する。じゃ、そういうことで」
そう言って部屋を出ようとする俺に、泰雅が不安そうな声で呼び止める。
「待ってよ。なんで記憶を消去するの?」
捨てられた子犬のような切ない目で見つめられても、殺しにくるというヤツの記憶だぞ。消すに決まってるだろ、とはさすがに言えない。
それらしい理由を見つける。
「必要がないからですよ。君は家に帰れるようにと依頼しました。彼は優秀です。無事修復されますよ。忘れてしまったデータも復元されるでしょう。そうなれば君は家に帰れます。それでこの案件は終了です」
「僕が聞きたいのはそんな事じゃない。なんで記憶を消すのかって聞いてんだけど」
不機嫌に聞いてくる泰雅をなだめるように言い聞かせる。
「これだけの高性能ロボットです。もしかしたら国家の機密事項かもしれないでしょ? そんな秘密を知った人間を普通は野放しにはしておきません。私たちは極秘裏に処分されてしまうかもしれません。だから、私と木南のことは君の記憶から消去するってわけです。よろしいですか?」
もっともらしい理由を口にしてみたが、それでも泰雅はまだ食い下がる。
「あなたたちのことは絶対に言わない」
「あなたがしゃべらなくてもデータを取り出せば分かってしまう事です」
「そんな事絶対にさせない。そんな事するような奴らは僕がそいつらを処分する」
随分と物騒な話になってきた。
「木南に何かあってからでは遅いんです」
「絶対、あなたたちに危険がないようにするから」
なぜこうも頑なになるのか分からんが、データは消す。
何が何でも消す。
「そんな事していただかなくても大丈夫ですよ。あなたは私たちのことを記憶から消去すればいい話です」
「消去されても僕自身がデータを復元するかもよ」
そんな事が起こり得るのか? と疑問に思ったが、これだけの高性能なロボットだ。全くあり得ない話ではない。
でも。
「復元できたとして、私たちに危険が生じるようであればこちらもそれなりの手をうちます。特に、木南に少しでも不利益なことが生じれば、私はそいつらを片っ端から抹消します。それでよければどうぞご勝手に」
凄みを効かせて睨んでみたが、ビビる気配すら見せない。
それどころか頑なに言い張る。
「絶対に、あなたたちを危険にさらさない。僕があなたたちを守ってみせる。約束する」
なぜこんなにもしがみついてくるのか分からない。
けれど、今はそんなことどうでもよかった。
とにかく俺は早く家に帰りたい。
疲れたし、こんな非現実的な状況から早く解放されたかった。
「君が何をしようと興味はありませんが、こちらはこちらでデータは消させていただきます。仮にデータを復旧できたとして、木南に何かあれば私は絶対にあなたを許しません」
それだけ言い捨てて、帰ろうとした。
けれど、泰雅はまだ追いすがってくる。
「報酬は? 報酬は受け取らなくてもいいの? 僕の修理にはきっとすごくお金が必要になるよ」
「報酬ですか……」
「俺はめったにできない経験をさせてもらえるんだ。報酬は必要ない」
木南が生真面目にそう答えた。
「ということです。では――」
踵を返そうとする俺に、泰雅はなおも声をかけてくる。
「あなたには必要でしょ? 探偵なんてそんなに儲かる職業じゃないでしょ?」
探偵をバカにするな! と言いたいところだが痛いところをついてくる。
確かに、浮気調査やペットの捜索は時間ばかりかかって報酬は微々たるものだ。
くれるというモノはありがたく頂いておくことにする。
「今、いくら持っていますか?」
俺の質問に、泰雅は財布を見ることもせず即答する。
「1万3千円」
高性能ロボットのわりには持っている額は冴えない。
まあ、腹も空かなければ喉も乾かない。
スマートな方法ではないが、必要なものを奪うスキルを持ち合わせていれば、金は必要ないのかもしれない。
なら、遠慮する必要はない。
「では、1万円でいいです」
「それだけでいいの?」
所持金の半分以上の金額をよこせと言ったんだ。
不当な金額だと文句を言われるかと思ったら、逆のことを言われた。
「ええ、1万もあれば美味しいイチゴが買えます」
泰雅は不思議な顔をしながらも1万円を渡してきた。
それはありがたく頂き、木南に念を押す。
「木南、くれぐれも記憶を消し忘れるなよ。お前も命は惜しいだろ? じゃあな。」
木南がしっかりと頷いたのを確認し、まだ何か言いたそうだった泰雅を気にかけることなく、俺は部屋を後にした。
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