あれから

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あれから

「まぁ、お久しぶりですわ旦那様」 私は応接室で旦那様を迎えていた。 「そうだ……半年ぶりだな……ロザリア、君……」 私は産まれたばかりの赤子を抱えて、背中にクッションを当てソファーにゆったりと腰を掛けている。 「どうかなさいましたか?」 「……その赤子はどうした?」 私は狐につままれたような顔で赤子を凝視するビクターを見て、フフフ、と笑った。 「何を言っているのですか旦那様?私たちの子供ですわ」 「そ、そんなはずがないだろう!君とはもう随分長い間、閨を共にしていない!」 応接室の中には念のため護衛の者が二人入っている。 「まぁ、そんなはずありませんわ。だって私、ちゃんとこの子を産みましたもの」 「そんな馬鹿な……誰の子だ!」 「貴方のお子ではありませんか。ご冗談を……」 「私は認めない。誰の子供なんだ!正直にいえ!」 「まぁ、怖い……赤ちゃんが起きてしまいますわ旦那様。よろしければ離縁されますか?そんなに私の事が信じられないのでしたら、いつでも離婚に応じますよ」 「何を馬鹿な!まだ爵位も継いでいないのだから離婚などするはずないだろう」 「では、この子は貴方の子ですね。立派に育てて見せますから、ご心配なさらないよう」 「そんな……馬鹿な事があるか……前回、半年前に会った時には君は妊娠していなかったではないか!」 「あの時は妊娠五ヶ月でした。お腹はまだ目立っていませんでしたね。この子も産まれてまだひと月です。今日は大切な洗礼の日ですからお呼びいたしましたのに」 「洗礼だと?」 「いったいどういう事だ!私は何も聞いていない。今日は義父から爵位を引き継ぐ式があるからと呼ばれたんだ」 「そうですね。お父様ももう起き上がる事が辛くなっていらっしゃいます。ですから祭司である牧師様にもこちらに足を運んでもらっていますので、早速式を始めましょう」 ◇ 「ミカエル=ライオネル=シェノア、子と、聖霊の御名によって、洗礼を授ける」 厳かな空気の中、ミカエルは神の加護を受けた。 広袖のゆったりとした上着の布がサラサラと音を立てる。 ミカエルは抱き上げられていてもまだ眠っている。 何事にも動じない神経は、父親の血なのかしらと思ってしまった。 お父様と執事メイド長、領地の代表者たちやお父様の友人達、叔母様も王都から駆けつけてくれている。 そして、ミカエルの後見人としてライオネル大公子。 ミカエルは沢山の人に見守られて、ここシェノア領の領主となる。 その場でミカエルにシェノア領の全権が委ねられ、爵位を継承の式が行われた。 ミカエルのシェノア領主になる為の書類は沢山あり、その全てに高位貴族のサインがされている。 現伯爵である父、公爵夫人である叔母、後見人であるライオネル公子、そして母であるロザリア。 「後は父親のビクターのサインがいるだけよ」 「こちらに署名をお願いします」 牧師様がビクターにペンを渡した。 「な、な……なぜだ。何故、その見ず知らずの赤子が、シェノア伯爵になるんだ!次期伯爵は私だろう!サインなんてしない。そもそもその子は私の子ではない!」 部屋の中がざわついた。 静粛な空気が一気に淀む。 ライオネル公子がビクターに告げた。 「貴方の子ではないとおっしゃいましたか?では父親の権利を放棄されるという事でよろしいですね?」 「牧師様。彼は権利を放棄します」 「な、ちゃ、ちょっと待て!誰が、なぜ?訳が分からない。サインなんかしない!それにその子の爵位継承は認めない!」 お父様が病床であるにもかかわらず、大きな声でビクターに言った。 「爵位を誰に渡すかは、私が決める事だ。ロザリアが産んだ子供はこのシェノアの血を受け継いでいる。私は、ミカエルにシェノアを譲る」 飛び出してこようとしたビクターを護衛の者が二人がかりで取り押さえた。 「まぁ、なんて野蛮なのでしょう。平民以下ですわね。下賤な者をこの神聖な場所から連れて行きなさい」 叔母の一声でビクターは床を引きずられながら退出させられた。 式はその後も続き、正式にミカエルがシェノア伯爵となった。
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