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「奥様。またビクター様は遊びに行かれたのですか?今夜も遅くに帰られるのでしょうね」
メイドのサリーは眉をしかめる。
「ええ。多分遅くなると思うわ。貴族はいろいろ付き合いがあるから大変なのよ。私は今まであまり社交の場には出向かなかったせいで、面倒な付き合いは全てビクターに任せているの」
彼女は、交友関係が広いビクターの事をあまり好きではないようだ。
けれど社交でいろんな人と話をする事は大切だ。
新しい事業の話や景気の動向などの情報は、貴族たちの集まりの中で話される。
そういう情報に疎かった私は、ビクターと結婚するまで貴族同士の付き合いがそんなに大切なものだとは知らなかった。
「さぁ、私は書類を片付けておきたいから、仕事を頑張るわね」
納得していないような表情のサリーに明るく声をかけ、私は執務室へ向かった。
ビクターは私と結婚してから自由な時間が減ってしまったようだ。
領主の勉強もしなくてはならない。申し訳ないと思っていた。
彼は社交界でも人気が高く、誰からも好かれている。せめて交友関係くらいは事由にさせてあげたいと思った。
「奥様、こう言っては何ですが、旦那様は領主の仕事を真面目に覚えようとしていない気がします。ロザリア様に任せっきりでご自分は社交という名の遊興ばかり。少し領地の伯爵様に灸をすえて頂いたらいかがですか?」
私は苦笑いした。彼女たちのいう事はもっともだ。
彼が領主の仕事をさぼっているのはその通りだった。
私がもっと、しっかりしなくてはと反省した。
惚れた弱みなのかもしれないが、彼に私からあまり煩いことは言いたくなかった。
「ビクターは私を大事にして下さってるわ。お誕生日には花束をくれたし、私の身体を心配して下さる。この間は、夫婦なのだから遠慮せず我儘を言ってくれとおっしゃってたし」
そう、ビクターはもっと私も遊びに行くべきだと忠告してくれた。
遅くまで仕事をしていると、体調を気遣って休むように言ってくれる。
「我儘とは、贅沢をしろという事なのでしょうか。旦那様は奥様も、新しいドレスや宝石を買うようにおっしゃってましたよね」
「そうね……ビクターもきっと妻が綺麗にしていたほうが嬉しいでしょうね」
そうだ。最近は色々忙しくて、自分の服装に無頓着になっていたかもしれない。彼は常に最先端のファッションを好んでいた。私は彼の妻なのだからもっと気を付けるべきだったのかもしれない。
「旦那様はご自分の洋服ばかり買われているので、少し気が引けたのかもしれませんね」
確かにビクターの買い物には結構な金額が使われている。
足りなくなれば催促されるけど、これも必要経費だからと言われれば首を横に振る事はできなかった。
「サリー。私も買い物に行こうかしら……仕事は急ぎの物はないから明日すればいいわ」
サリーは笑顔になり、「そうですわ!」と喜んで、メイド仲間のエラを呼びに行った。
エラは流行に敏感で、ここに来る前は洋裁師として働いていた。貴婦人たちのドレス選びも得意だという。
「奥様、お買い物に同行させてください」
メイド達にとって私は貴族夫人として、少し物足りなかったのかもしれない。
きちんとお化粧したり、ドレスを選んだり、宝石を付けたり。
自分の仕える主人を美しく着飾らせるのもメイド達の楽しみの一つだ。
「奥様は稀に見る美貌の持ち主です。屋敷に引き籠ってばかりじゃ、勿体ないです」
「そうですよ。ロザリア様は夜会や舞踏会に参加されれば皆の注目の的ですもの。他のご婦人たちから嫉妬されるレベルですからね」
「ありがとう。お世辞でも嬉しいわ」
「謙虚というか、自己評価が低いと言いますか。奥様!負けてはいけませんわ!旦那様以上に、私は美人なのよってところを見せつけて下さい。お姫様みたいに美しく仕上げさせて頂きます!」
とにかくメイド達が楽しそうなので良かった。
「ええ。勿論お願いするわね。サリーも一緒に行きましょう。今日は三人でショッピングよ」
二人は喜んで早速準備に取り掛かった。
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