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宝石店
女同士のショッピングは楽しい。
私は、あまり買い物の仕方を知らなかった。
母は早くに亡くなっていて、私を教育して下さった父の姉の公爵夫人だ。夫人はとても厳格な方だったから、街で買い物はせず、ドレスなどは業者を呼んで揃えてくれた。
高位貴族としての嗜みを忘れてはなりませんと、厳しく社交界のマナーを教えてもらった。
彼女はとてもシビアな人で、貴族である以上、責任と外聞を重んじろと教わった。自分の感情を表に出さず何があろうと、品位を誇り、常に高潔であるべきだと私に教えた。
気がつけば、友人と買い物などに行きたい年頃はもう過ぎてしまって、タイミングを逃した。学生時代、心を許せる友人が一人もできなかった。
唯一自分の意思で決めたのがビクターとの結婚だった。
結婚後すぐに領地へ帰ってしまわれたところをみると、父はあまり彼の事を良くは思っていなかったのだろう。
今考えてみると、自分は大人になっても、大して楽しくない人生を歩んでいるなと思ってしまう。
けれど、侍女である彼女たちとの買物はとても楽しかった。
エラがドレスは既製品の物でも、少し手を加えれば素晴らしい一級品のデザインになると教えてくれた。
「ロザリア様、たくさん買物しましたね」
「ロザリア様は何でもお似合いになるから、選びたい放題で、とても楽しかったです」
「ありがとう。付き合ってくれて嬉しかった。新しい発見が沢山あったわ」
私たちは帰りに宝飾店に寄る事にした。
今日の記念に、彼女たちに、なにか思い出になる物をプレゼントしたいと私が言ったからだ。
まさかそこで、見たくもない光景を目にするとは思いもせずに。
◇
その宝飾店は高級品も置いてはいるが、一般の者も買い物ができるような少しカジュアルなお店だった。
王都で今一番人気があるらしく、高位貴族たちもお忍びで買い物に来ている店だという。
その宝飾店で私たちは揃いのブレスレットを購入した。
「金のチェーンのシンプルな物げすし、重ね付けができますね」
「それほど仰々しくないし、とてもいいと思うわ」
「細いチェーンですので嫌味がなくて、普段からつけられそうです」
「とても気に入りましたわ」
誰かとお揃いの物を持つなんて初めてだった。それが例え侍女であっても私は嬉しかった。
「奥様と同じものなんて畏れ多いですわ」
「それほど高価な物ではないから、遠慮しないでつけてちょうだい。今まで、あなた達にプレゼントをしたことがなかったわ。私のお誕生日には皆何かくれていたのに、気が付かなくてごめんなさい」
サリーは涙目になった。
「お菓子やケーキを下さっていましたし、何も頂いてない事はありません。けれどこのブレスレットは一生大事にします」
「私までありがとうございます。ロザリア様のドレスのコーディネートは全力で頑張ります」
「エラ、あなた凄く調子いいわね」
サリーの言葉に三人で笑い合った。
私たちはブレスレットを包装してもらいお店を後にしようとした。
その時。
「あ……」
「ロザリア様、こちらへ」
エラが何か見つけたようで、サリーと共に私を柱の陰まで引っ張って行った。
「何よエラ!どうしたのよ」
「誰かいたの?急にどうしたの?」
エラは気まずそうに眉をひそめると、小声で私たちに告げた。
「……あの……旦那様が」
エラの視線の先に、ビクターの姿があった。
彼は私の知らない令嬢と、ショウケースの中のネックレスを選んでいた。
店員がニコニコと彼らの接客をしている。
上客だと分かっているのだろう、相手の機嫌をとろうと売り子は必死だ。
「……」
旦那様は今日会合だと言っていた。
ケンウッド様の屋敷に呼ばれていて、ロドンガーデンの馬車道について話をすると。
なぜ彼は女性と宝飾店に来ているのだろう。
頭の中が真っ白になった。
「声をかけましょう。奥様がここにいらしている事をちゃんと知らせましょう」
「そうです。堂々と文句言ってやりましょう!」
サリーが柱の陰から出て行こうとするのを私は止めた。
こんなところで騒ぎになると、後々大変なことになる。
こういう時に、叔母の淑女教育が役に立つとは思わなかった。
私は深呼吸すると、できるだけ冷静を装い彼女たちに言った。
「とりあえず、屋敷に戻るわ」
サリーとエラは顔を見合わせ、互いに頷くと、旦那様の視界に入らないよう、私を外へ連れ出してくれた。
「旦那様は最低です!」
エラが私以上に怒っていた。
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