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侍女たちに自分が動揺した姿は見せられない。
部屋に帰って私は一人になりたいと彼女たちに言った。
サリーは分かりましたと納得して下がってくれたが、エラは出て行きたくなさそうだった。
「エラ、私たちは伯爵家の使用人です。低位貴族の屋敷ではなく伯爵家のロザリア様の侍女です。ですから主人のいう事は絶対ですし、今日の事は他言無用です」
年長のサリーがエラを諭す。
「……サリーさん……わかりました。けど、ロザリア様!相談したい事とか話したい事とかあったら必ず聞きますから。お願いします!お一人で悩まないでください!」
エラは涙を浮かべてそう言うと、サリーに背中を押されて部屋を出て行った。
◇
旦那様と一緒にいた女性は誰だろう。
あまりに貴族の集まりに出席しなかったせいで、顔と名前を覚えていない。
会った事はなかったと思うけど。
こういう時に話を聞いてもらえる貴族の知り合いはいない。
彼女の容姿を言えば誰だか見当がつく人がいるかもしれない。
私に思い浮かんだのは叔母の顔だった。
叔母なら、あの子が誰なのか分かるかもしれない。
けれど、事を大袈裟にはしたくない。
もしかしたら誰かのプレゼントを選ぶために女性の友人に付き合ってもらってたのかもしれない。
誰のプレゼント?
私にかしら……
ないわね。
その考えはすぐさま頭から追い出した。
彼からもらった事のあるのは花束だけだ。
誕生日にアクセサリーなんてもらってない。
記念日でもないのにネックレスを私に買うなんてありえないわ。
彼は今までどんな買い物をしたんだろう。
伯爵家の予算は彼が自由に使って良いわけではない。
そう考えて、私は立ち上がった。
帳簿を見よう。
急ぎ執務室へ向かう。
執務室にはこの屋敷の執事マルコがいる。
後は事務を担当してくれているナサニエル。
執務室へやって来た私を見て、マルコが少し驚いた顔をした。
彼らには執務は休むと伝えていた。マルコたちは働き過ぎの私を気遣って、ゆっくり休んで下さいと言ってくれた。
その分彼らの仕事が増えてしまい、まだ執務室に残っていたようだった。
「遅くにごめんなさい。少し確認したい事があるの」
「はい。どのような事でございましょう?」
「領地の収益関連ですか?確か昨年と比べて目減りしている作物が……」
ナサニエルが領地関連の書類棚へ歩いていこうとしたので、違うわと止めた。
「旦那様の、ビクターの予算の出納帳が見たいの」
二人は驚いたようだった。
お互い顔を見合わせると、怪訝そうに首を傾けた。
「奥さま。今まで一度もそのような事はおっしゃらなかったので……」
「税金関係もきちんと支払わなければならないから、領収書は預かっているはずよね」
「それが……」
マルコは少し言いづらそうに言葉を濁す。
どういうことかと彼らを問い詰めた。
「出金したものは全て帳簿に残しております。ただ、領収書がないものが沢山ありまして……」
そう言ってマルコは旦那様の予算が記された出入金帳を私に見せてきた。
ここ四ヶ月分、旦那様が使った金額が記されている。
「ご自分の衣服や靴、小物類などの領収書は確実に残っています」
確かにビクター個人の物に関しては領収書がある。
けれどほとんどが使途不明金だわ。
「領収書がある物より、ない物の金額が大きいわね……」
ざっと確認しただけでも七割は領収書や控えがない。
申し訳無さそうにナサニエルが頭を掻いた。
「旦那様には領収書をもらうよう、再三に渡り申し上げているのですが……」
「付き合いで飲みに行くこともある。わざわざその都度領収書をくれとケチなことを言いたくないと仰せで」
ケチなことって……
仕事で付き合いがあるのなら、きちんとサインをした控えを渡してもらわなければ管理ができない。
「でも……!ツケ払いの物がありまして、それは後からこちらが支払いに行ったので控えが残っています」
ナサニエルがレストランの控えを出してきた。
スープ、黒ライチョウ、ブレッドソース、ローストビーフとワイン。そしてお茶とデザート。二人分の代金ね。
普通のコース料理だけれど問題は……このお店。
この店は、友人同士で食事を楽しみながらわいわい話をするようなレストランではない。
紳士淑女がデートに使うような落ち着いた雰囲気の高級店だ。
誰と食事に行ったのか、守秘義務があるから店は教えてくれないかもしれないわね……
その他の物も確認する。けれどここにある領収書は問題のない物ばかりだろう。
私は彼が使った金額と日付とお店、買った物を確認していく。
「マルコ、このテーラーだけど。紳士服専門の洋品店じゃないわよね?」
「失礼します」
マルコは私が見ている帳簿の洋品店の名を確認する。
「ここは、貴族の方々が贔屓にしている老舗の洋品店です。紳士服以外に女性の物も沢山取り扱っています。王室御用達という王室からの取引指定を受けていますので、こちらで買われたものは全て控えがあるはずです」
「それって、お店側も持っている物よね?」
「はい。お店もちゃんと管理していると思います。なにせ王室御用達ですから」
「ナサニエル?」
「はい!ロザリア様!お店の方へ確認しに行ってきます。過去の……四ヶ月分ですね!」
急いで執務室を出て行こうとするナサにエル。
その様子を見てマルコが止めた。
「お嬢様ちょっと待ってください。落ち着いて話を聞かせてもらえますか?ナサニエルも。こんな夜分に店に行っても話は聞けない」
マルコは私の昔の名を呼んだ。お嬢様と言われていた四カ月前に戻ったようでなんだか懐かしく、そして少し複雑な気分になった。
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