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「ばあちゃん、なんて思ってたかな」
仏壇に飾られた祖母の写真を眺めながら、祥が呟く。俺はその隣に正座をして並ぶと、手を合わせてから線香を一本立てた。
「暗がりで見えてなかったかも」
「それはあるかもね。ばあちゃん、目ェ弱かったし」
――俺たちはあれ以来、疎遠になることもなく、正しく子どもらしい、偽りの兄弟を演じていた。会えば仲良く以前通りに接し、そして年齢が上がるになるにつれて、当たり前のように疎遠になった。中学受験を迎えた年から、祖父母宅に必ず集まっていた行事は目減りし、タイミングもずれるようになってしまった。
今ではもう十二年前なんて、大昔だ。子どもの残酷な好奇心だと、俺はこの話を笑えばいいのだろうか。
相変わらずどこかひんやりとした、日本家屋の部屋は、隅々まで冷えている。俺は冷たくなった手を擦り合わせながら考えた。ふと視線を上げれば、祥と唇を合わせた部屋の隅が、目に留まり、祥の唇の感触が、僅かに蘇る。
「稔くんはさ、なんて思ってた?」
視線を向ければ、あの頃とは違う眼差しが俺を射る。
好奇心に満ち溢れていた、あの純粋な眼差しは十二年前に置き去りにされ、今はキスも全てを知った大人の目がそこにはあった。
当たり前だ、お互いにもう大学生なのだ。
「……忘れたよ、十二年も前のことなんて」
そこから目を逸らすと、俺は脚を崩して、胡坐を掻いた。暗がりで見上げた祖母を見上げるように、煙の昇る先を見つめる。今もはっきりと蘇る鼓動を感じながら。
「じゃあ、もう一回しようよ」
祥の言葉に心臓が大きく跳ね上がった。
あの頃の心臓の音が、はっきりとした祥の感触と共に蘇ってくると、何だか無性に腹が立って、俺は彼を睨み据えた。
「はぁ? 何言ってん……っ」
思わずそう反論しようとした瞬間に、言葉が飲み込まれてしまう。あの時よりも強固な力が、大きな身体が、容赦なく覆い被さって来て、俺はなす術ないまま、祥に飲み込まれていく。
「稔くん、俺ずっと前から……っ」
視界の隅で、祖母にあげた線香の細い煙が揺れている。
もう、止めてくれる人は誰もいない。
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