第一章 雪降らずして銀に染まらず、朱に染まる

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 あの時の出来事が本当なのかどうか、今となってはわからなくなってきた。体験した事件は一切の情報もなく、それらしいニュースすらない。最後に少女を見つけたが、声をかけることはできなかった。はっきりと存在していた筈なのに、時が経つにつれて記憶が曖昧になってくる。今となっては、胡蝶の夢のように思えてきた。  あれは本当に、現実だったのだろうか。  それとも、自分の妄想だったのだろうか── 「あ。すいません」  物思いに耽っていた訳ではないが、通りすがりの男と肩がぶつかった。うだつの上がらない男は謝ったが、対して男は謝らなかった。 「お前、カノシタか?」 「はい?」  酔っていたせいもあって反射的に返事をしてしまった。  気楽に呼ばれたものだから知り合いだと思って振り向いた直後、顔面を殴られた。  予想できていない出来事にカノシタは尻餅をついた。かけていた眼鏡は無事だったが、鼻血が少し出ていた。  ────は?  痛い、よりも殴られたことの疑問が先だった。何故殴られたのだろうか。ぶつかったからか? 謝罪したのにぶつかっただけで殴るなんて酷い人間だ。
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