第一章 雪降らずして銀に染まらず、朱に染まる

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「いってぇな。いきなり何する──」  相手の蹴りが顎を直撃。軽い脳震盪を起こして意識と視界が揺れる。酒を飲みまくっていたせいで一気に気持ち悪くなった。  怒りよりも吐き気が込み上げてきたが必死に堪え、垂れる鼻血を押さえながら顔を上げる。目の前には若者四人が立っていた。 「あ? まだ起きてるぞ」 「気絶してないじゃねぇか」 「下手くそ」 「煩ぇな。次やりゃいいんだろ」  人としての倫理観が欠けている会話を聞いて、ようやく怒りが湧いてきた。手で鼻血を拭き取り、言い争っている男の一人に突進した。  隙を突かれ、体勢の低い体当たりで容易に押し倒された。腰を打った男は動けず、カノシタは馬乗りになって殴りかかった。  しかし、殴るより先に両脇にいた男達に殴られる方が先だった。  当たり前だが、数で圧倒的に不利だった。そんな初歩的なことを忘れていた。体当たりするのではなく、一目散に逃げれば良かった。そうすれば、逃げ切れたところで吐き気に負けて嘔吐し、胃の中を空っぽにしてから次の店に行くことができたかもしれない。麻婆豆腐を食べ、酒を飲んで殴られたことを笑い話に出来たかもしれない。  ──コイツら蹴り過ぎじゃね?  地面に転がり、頭を庇いながら体を小さくするカノシタを容赦なく蹴ってくる。たまに腹部や鳩尾に深く突き刺さる。こんなにされることをした覚えはなかったが、今となってはどうしようも出来なかった。  ────ああ。。  どういう訳か頭は冷静だった。体は痛みで動かない。けれど頭は不思議とすっきりしている。まるでこの程度じゃ慌てることはない、と覚えているようだった。  。  現実か妄想かわからないことだったのに。何故だろう。あの時の心臓の猛りが本当のように思えて仕方なかった。
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