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退院の日
体調も無事回復し記憶をなくしたまま僕は
退院した。
自称、父親が運転する車に乗り込み、
思い出すことのできない我が家に連れて
来られた。
「母さん、ただいま。マモル帰って来たぞ」
声高々に家族を呼ぶ自称父親の声に、
家の奥から、自称、母さん、爺ちゃん、婆ちゃん、
姉ちゃんが僕を出迎えてくれた。
「マモル……よくぞ無事で」爺ちゃんが呟く。
「本当に、良かったね~」涙目の婆ちゃん。
「あんた、昔から悪運強いからね~」
口が悪い姉ちゃん。
「疲れたでしょ? ささ、荷物部屋に置いて
おいで。あ、あなたの部屋は階段上がって左ね」
僕は言われるがままに二階の自分の部屋の
ドアを開けた。
カチャ……。
しばらく留守にしたであろう僕の部屋から
何とも言えないモワっとする匂いが漂ってきた。
自称、母さんよ、僕がいない間、空気の
入れ替えくらいしてくれててもいいだろ?
完全に締め切った状態の部屋、
ふと、本棚に目をやると、そこには、
袋の中に入っているモフモフしたものが
置いてあった。
ん? なんだこれ? 僕が袋を手にとった
瞬間、袋の中からは、モフモフが発した
青みがかった灰色の粉がもふもふもふ~と
舞がった。
「ケホ、ケホ、ケホ」
思わず咳き込む僕。
思いっきり舞い上がった粉、そして、モフモフ
の正体を見て僕は驚ろきのあまり、うわぁ~っと
大声で叫んだ。
モフモフの正体は、なんと数週間放置された
何故か封がきられている袋入りのクリームパン。
ものの見事にカビの胞子に包み込まれ、
モフモフとした奇妙な形をしたクリームパン。
きっと僕は、このクリームパン、120円が
好きだったのだろう……。
本棚に飾るくらいに……。
モフモフの入った袋を親指と人差し指で
詰まみ机の横に置いてあるゴミ箱に
ポトンと落とした僕。
空中に舞った粉を手で払いながら、
窓を開け部屋の空気を循環させた。
その時だった……。
頭の中にうっすらと浮かぶ人影に、
首を傾げる僕。
目を閉じてその人影を……
思い……だし……そうだ。
だめだ、思い出せない。
う~ん、もう一度……目を閉じて、
頭の中に浮かぶ、人影を……あ、見えた。
僕の頭の中に浮かぶ人影は……ん?
裸の綺麗な女性? 裸の……女……性。
あ~、思い出した!
僕は、急いでベッドの下を覗き込んだ。
そこには、美的センスを磨くという
裸の女性が掲載された参考書。
いわゆる『エ〇本』が隠してあった。
美的センスを磨く参考書を手に取った
僕は思わず、
「タケシに返さないと」と呟いた。
記憶喪失になった僕が最初に
思い出したのは、家族でもなく、
友人でもなく、ベッドの下に隠していた
美的センスを磨く参考書、『エロ本』だった。
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