のびる

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 幼稚園ではいつも一番背が高く、それは小学校でも同じことだった。  背の高いぶん大人びて見られるミユは、何かにつけて将来モデルになれるねと言われた。  中学では自分と同じくらいの身長のものが数名いたので、今までよりは自分の身長を気にしないで済んでいた。  しかし高校ではやはり一番背が高くなった。  それも背の伸び方がおさまる様子はなく、卒業する頃には190センチを超えていた。  それでもまだ良い方だったと気付いたのは大学に入って2年過ぎた頃だ。  自分でもやはりこれはおかしいのではないかと思った。  友人の数も徐々に減っていった。  人と話す時に前かがみになる事がおっくうになり、人との対話が減ったからだ。  2メートルを超えて卒業し、採用してくれた企業の入社式では一番人目をひいてしまった。  悪いことをした訳でもないのにいたたまれない気分だった。  採用された部署には制服があったのだが、合うサイズがないとの事で、実のところは新人の為に高額で特注する予算がなかったからなのだが、部署自体が変更された。  背の高さで目立つのは利点だという事で広報部に配属され、関係先の人間に会うごとに背の高さに驚かれた。  ここまで来ると、驚かれることにはもう慣れっこだった。  そして、それでもなおミユの背は伸び続けた。  もしかしたら何かの病気かも知れないと病院で調べてもらっても、身体には何の異常もなかった。  驚くほど背が高い広報の人間がいるという事でマスコミに追いかけられたのを機に、ミユは退職した。  その時の身長は255センチだった。  住んでいたマンションは、そのサイズがもうどうにも体に合わなくなり、しばらく使われていなかった山の麓の古びた倉庫を借りて暮らし始めた。  そのうち倉庫も手ぜまになった。  今まで持っていた服をつぎはぎして大きな服を作り、それを持ってミユは山に住むようになった。  もう自分の身長がどれくらいなのか判らなかった。  測るすべがなかったからだ。  湖のそばに腰を落ちつけると快適だった。  時々やって来る人間が鬱陶しければ湖に隠れることもできた。  山には熊もいたが、すぐに仲良くなれた。  熊たちはミユの手の平に乗ることも好きなようだった。  ミユの穏やかな生活を脅かそうとする人間はやはりたまに現れたが、熊たちはそれらを追い払うこともしてくれた。  森に住むカラスも小鳥も、猛禽類たちもミユの味方だった。  猪もしかり。鹿もしかり。穴熊もしかり。  けれど、しばらくすると人は熊を殺した。  ミユは悲しんだ。  そして、湖に姿を消した。  ミユの身体の伸びは止まった。  ミユは深い深い眠りについた。  どれだけの時間眠っていただろうか。  ミユは長い眠りから目を覚ました。  身体をウンと伸ばして起き上がると、ザブンとミユは湖から姿を現した。  目が覚めるとは思っていなかったが、大きく背伸びをして空気を吸い込むと、美味しい空気が肺に入ってきた。  鳥が飛んでいた。  もう昔の仲間たちは見当たらなかった。  しかし違う生きものたちがミユに挨拶をしてくれた。  立ち上がって遠くを見ると、昔住んでいたはずの街も見当たらなかった。  世界が変わったようだった。  人間は姿を消しているようだった。  ミユが微笑むと、鳥がチチチとかわいく鳴いて、ミユの鼻先に止まった。
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