山田くんとユウキくん。

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 山田くんは清潔だ。  始める前にちゃんと一緒に風呂に入るのに、山田くんは必ず、家でも一度身体を隅々まで洗ってきてくれる。勿論、スーツ姿であった事なんて一回もない。きちんと、洗濯したての私服で来てくれる。  そんなに気を使う事はないと言ったけれど、これは自分の問題らしく、したいからしていると言っていた。  西村や他の勘違いしたバカ客にも見習わせたい。  指定されたいつものビジネスホテルに向かうと、俺はホテルの隣にあるコンビニで、山田くんの好きなメロンパンを買う。  セブンのメロンパンが、この世で一番美味しいと言っていたから、必ず買っていく。  ――七〇二号室。  エレベーターホールから、壁伝いに部屋番号を探しながら、ラブホテルよりも健全で落ち着いた灰色の柔らかい絨毯を踏みながら、俺は指定された部屋を探す。七〇二号室はエレベーターからそれ程離れてない通路の真ん中の部屋だった。俺はスマホをポケットに突っ込むと、軽くノックを三回した。部屋の中から、山田くんの「はーい」という声と足音が聞こえてくる。 「いつもありがとうございます、ユウキです」 「あ、あ……こちらこそ、ありがとうございます。山田です」  いつも通りの挨拶をすると、山田くんは丸い頭をぺこりと、可愛い音が出そうな感じで下げた。洗ったばかりだろうさらさらとした艶やかな髪が、流れ落ちて、照明に照らされてできた天使の輪がくるりと髪の上で滑る。彼は顔を上げると、たっぷりとした二重顎の上に乗る顔を、くしゃりと歪ませ、控え目な笑みを浮かべた。いつも通り、眉は八の字を描いている。 「山田さん、お久しぶりですよね。待ってました」  俺はそう言いながら部屋に入ると、ふくよかなその身体に腕を回す。彼の後ろで手が組めない程の胴回り。なのに、彼の身体から香るのは汗じゃなくて、石鹸の香り。服はさらさらで肌触りも良い。女の子よりもたっぷりと豊満な胸に顔を埋めると、山田くんはいつも通り戸惑う。 「ゆ、ユウキくん。まだタイマー押してないでしょ」  山田くんは律儀だ。時間外を要求してくる客とは一味違う。タイマーが動くまで、そして止まった後は俺に触れようとしないのだ。 「山田さんは律儀だね、これは挨拶だよ」 「挨拶? そうなの? でもなんかズルしてるみたいだよ」  そう呟きながら、瞼の上に重なる肉でつぶらな大きさになっている瞳を辺りにさ迷わせる。 「俺が山田さんにくっつきたいんだよ」  そう言いながら俺の太ももくらいありそうな二の腕を抱きしめる。どこを抱きしめても、山田さんは、水分をたっぷり含んだ水風船みたいに柔らかくて、少しだけ冷たい。手探りに指を探すと、大きな赤ちゃんの指みたいな、ぷっくりとした指があった。それを握って持ち上げて見れば、今日も爪は深爪でもなく、長くもなく、整った長さで桜貝のような色をしている。 「きれいな爪だね」 「ありがとう」  褒められる事に慣れていない顔で、山田くんが言う。 「俺、外見褒められる事あまりないから嬉しいな」  世の中「痩せてる」か「普通体型」以外はあまり褒められない。でも、山田くんはパンダみたいな体型でも、俺の客のなかでは一番謙虚で一番清潔で身だしなみにしっかりしていて、一番抱き心地がいい。腕が回り切らない胴回りが一番いい。抱き締められないほど大きくて柔らかい存在なんて、なかなかいない。  俺は別にデブ専というわけではいけれど、山田くんだけは特別だ。女の子が大きなぬいぐるみを抱えてキャッキャしている姿を、山田くんに会うまでは「鬱陶しい」と思っていたが、今ならその気持ちも分かる。 「じゃあ、俺シャワー浴びてくるね」 「じゃあ、俺も一緒にいってもいい?」 「俺と一緒じゃ狭くないかな……?」 「狭いのがいいんだよ!」  俺は山田くんにあげるつもりの、メロンパンが入ったカバンを一人掛けの簡易ソファーに投げ置くと、柔らかい背中を押して、また抱き着く。  ベッドで押し潰されるのもまたいいんだよな、なんて、新しく性の扉を開きながら。山田くんは清潔だ。  始める前にちゃんと一緒に風呂に入るのに、山田くんは必ず、家でも一度身体を隅々まで洗ってきてくれる。勿論、スーツ姿であった事なんて一回もない。きちんと、洗濯したての私服で来てくれる。  そんなに気を使う事はないと言ったけれど、これは自分の問題らしく、したいからしていると言っていた。  西村や他の勘違いしたバカ客にも見習わせたい。  指定されたいつものビジネスホテルに向かうと、俺はホテルの隣にあるコンビニで、山田くんの好きなメロンパンを買う。  セブンのメロンパンが、この世で一番美味しいと言っていたから、必ず買っていく。  ――七〇二号室。  エレベーターホールから、壁伝いに部屋番号を探しながら、ラブホテルよりも健全で落ち着いた灰色の柔らかい絨毯を踏みながら、俺は指定された部屋を探す。七〇二号室はエレベーターからそれ程離れてない通路の真ん中の部屋だった。俺はスマホをポケットに突っ込むと、軽くノックを三回した。部屋の中から、山田くんの「はーい」という声と足音が聞こえてくる。 「いつもありがとうございます、ユウキです」 「あ、あ……こちらこそ、ありがとうございます。山田です」  いつも通りの挨拶をすると、山田くんは丸い頭をぺこりと、可愛い音が出そうな感じで下げた。洗ったばかりだろうさらさらとした艶やかな髪が、流れ落ちて、照明に照らされてできた天使の輪がくるりと髪の上で滑る。彼は顔を上げると、たっぷりとした二重顎の上に乗る顔を、くしゃりと歪ませ、控え目な笑みを浮かべた。いつも通り、眉は八の字を描いている。 「山田さん、お久しぶりですよね。待ってました」  俺はそう言いながら部屋に入ると、ふくよかなその身体に腕を回す。彼の後ろで手が組めない程の胴回り。なのに、彼の身体から香るのは汗じゃなくて、石鹸の香り。服はさらさらで肌触りも良い。女の子よりもたっぷりと豊満な胸に顔を埋めると、山田くんはいつも通り戸惑う。 「ゆ、ユウキくん。まだタイマー押してないでしょ」  山田くんは律儀だ。時間外を要求してくる客とは一味違う。タイマーが動くまで、そして止まった後は俺に触れようとしないのだ。 「山田さんは律儀だね、これは挨拶だよ」 「挨拶? そうなの? でもなんかズルしてるみたいだよ」  そう呟きながら、瞼の上に重なる肉でつぶらな大きさになっている瞳を辺りにさ迷わせる。 「俺が山田さんにくっつきたいんだよ」  そう言いながら俺の太ももくらいありそうな二の腕を抱きしめる。どこを抱きしめても、山田さんは、水分をたっぷり含んだ水風船みたいに柔らかくて、少しだけ冷たい。手探りに指を探すと、大きな赤ちゃんの指みたいな、ぷっくりとした指があった。それを握って持ち上げて見れば、今日も爪は深爪でもなく、長くもなく、整った長さで桜貝のような色をしている。 「きれいな爪だね」 「ありがとう」  褒められる事に慣れていない顔で、山田くんが言う。 「俺、外見褒められる事あまりないから嬉しいな」  世の中「痩せてる」か「普通体型」以外はあまり褒められない。でも、山田くんはパンダみたいな体型でも、俺の客のなかでは一番謙虚で一番清潔で身だしなみにしっかりしていて、一番抱き心地がいい。腕が回り切らない胴回りが一番いい。抱き締められないほど大きくて柔らかい存在なんて、なかなかいない。  俺は別にデブ専というわけではいけれど、山田くんだけは特別だ。女の子が大きなぬいぐるみを抱えてキャッキャしている姿を、山田くんに会うまでは「鬱陶しい」と思っていたが、今ならその気持ちも分かる。 「じゃあ、俺シャワー浴びてくるね」 「じゃあ、俺も一緒にいってもいい?」 「俺と一緒じゃ狭くないかな……?」 「狭いのがいいんだよ!」  俺は山田くんにあげるつもりの、メロンパンが入ったカバンを一人掛けの簡易ソファーに投げ置くと、柔らかい背中を押して、また抱き着く。  ベッドで押し潰されるのもまたいいんだよな、なんて、新しく性の扉を開きながら。
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