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 カッチーン。  硬質な音が、アキバ滑車第一事業部に響く。主任補佐の村上が、電話の受話器を叩きつけたのだ。  その場にいた十余人の職員、全員の目が村上に集まる。 「また延期だ」  村上はボソリと言った。  同時に部内のあちらこちらで、ため息が漏れ聞こえる。 「またですかぁ?」 「またのびるのか? これで四度目だぞ」  アキバ滑車に入社して三年目になる大森和也としても、これが異常事態であることは分かっていた。  なにせ依頼されたパーツを製作して渡してから、すで四度も代金の支払いを延期されているのだ。  それも明確な理由は明らかにされないまま。  このまま支払いがなされなかったら、大赤字になってしまう。  そうなれば、給料やボーナスにも響くし、会社そのものの存続が危うくなってしまう。  ただこれは村上をはじめ、一部の社員が言うような、よくある大手企業による下請けいじめなのだろうか?  なにか理由があるのではないだろうか?  和也はいまいち確信が持てずにいた。  アキバ滑車は下町にある小さな工場だった。その名の通り、滑車や歯車といったパーツをつくり国内外のメーカーに売っている。  今回、国内大手機械メーカートハシ工業へと、特殊なパーツを卸すことになった。トハシ工業とはそれまでも何度も仕事をしていたが、今回受けた注文はそれまでにないレベルの難易度だった。  それは直径2㌨mという小ささでプラスチックよりも硬く、それでいて軽さもある歯車という代物だった。  初めて作る種類のものなので、第一事業部主任の佐藤は何度も打ち合わせを行った。  またアメリカの最先端の素材についても、何度も調べた。その熱量は、一番近くで仕事を手伝っていた和也が圧倒されるほど凄まじいものだった。まるで爆風のような勢い、赤く熱せられた鉄のような熱さだった。  佐藤はもうすぐ定年だったからか、ことのほか力が入ったようで、すべてをやり終えると入院してしまい出社していなかった。 「今までにもこんなことってあったんですか?」  和也はそばに座っていた、先輩の円山に質問した。 「こんなことって、代金支払いの延期か? まあ、そうだな。うちみたいな下請けの中小企業は舐められているからな。一、二回延ばされたことはある。ただトハシはそういうとこじゃないけどなぁ」 「そうですよね……」  大手メーカーの社員の中には中小企業の社員を完全に見下している者いるが、和也が仕事で会ったトハシの社員はそういう感じではなかった。  むしろ主任の佐藤に対して、ある種の敬意、技術職としての羨望の眼差しのようなものすら向けているように感じていた。
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