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 和也が歯車の不具合に気づいたのは、海外の文献を漁っていた時だった。今回の納入した2㌨m歯車と同じ素材に、耐熱性に関するかなり致命的な欠陥があることが分かったのだ。  当然トハシ工業側もそれには気づいているだろう。  それを言わないのはなぜか?  それと代金を支払わないことはどうつながるのか?  トハシ工業のこれまでの態度、仕事での誠実さ、そして主任の佐藤への評価、全てを鑑みて和也の出した答えがこれだった。  和也はトハシ工業の春日井を前にこう言った。 「佐藤主任の経歴に傷をつけたくなかったんですね?」  春日井はしばらく和也の顔を視ていたが、ソファにもたれかかると頷いた。  いつしか、その口調はかなりくだけたものになっていた。 「俺は、いや、うちはずっとあの人の仕事ぶりを見てきました。ああいう情熱を持った人がさ、この国の技術力を支えてきたんだと思ってる」 「はい」 「だからあの人が、おたくで退職する前に表彰されるかもって聞いて、嬉しかったよ。うちであの人に関わった人はみんな喜んだと思う。ああいう人がちゃんと報われる会社じゃなきゃだめだよ」 「はい」 「だからこそ、最後の最後で失敗の烙印を押したくなかった。」 「確かに代金が支払われて、契約が完了してからのクレームはかなり重大な案件ですが…… でもそれなら、何がいけなかったのかこっそり教えてくだされば……」  少し早口になった和也を春日井は押し留めた。 「君は佐藤さんと一緒に仕事してたし、あの人の名誉に傷をつけたりはしないだろうね。でもさ、全員がそういうわけじゃないよね? もしかしたらこのネタを使って佐藤さんの表彰を失くそうとする人もいるんじゃない? 社長だって、こっちから直々に指摘されて、それでもまだ佐藤さんを表彰してくれるの?」 「それは……」  否定はできない。  実際一部の社員は、佐藤に対してやっかみとも嫉妬ともいえる視線を向けている。 「これからのことだけど、プロジェクトを君に任せるよう、お宅の社長に言っとくよ。独りでここまで気づいた君ならさ、佐藤さんの名誉を守りながら、ちゃんとした歯車を作ってくれると思う。もちろんその時はちゃんと代金を支払せてもらいます」 「ちょっと待ってください。自分は一平社員ですよ!?」  春日井は呆れたような視線になった。 「君ね、そんなスピード感のないことでどうするの? 世界に出たらもっと人事も仕事も、もっとスピード感を持って動いてるんだから」  春日井はもうこれ以上話す気はないようで、ソファから立ち上がった。  仕方なく和也もそれに続く。 「一つだけ、お聞かせください。もし誰も真相に気づかなかったらどうするおつもりでしたか? 永遠に支払いをのばしつづけるおつもりだったんですか?」  春日井は少し面倒くさそうに答えた。それは少し照れているようにも見えた。 「実は佐藤さんさ、君のこと結構評価してたんだよね。あいつはこっちが何も教えなくても、勝手にのびる奴だって。だからさ、いつか君なら来るかもって、心のどこかでそう期待してたんだろうな」    何も教えなくてもだって?  和也は言いたかった。  佐藤からどれだけ多くのことを教えられたかを。自分がこの会社に入ってのびたとしたら、それは間違いなく佐藤のおかげなのだと。 「ありがとうございます」  和也は深々と頭を下げた。 「俺じゃなくて、佐藤さんに言ってあげなよ」  春日井が呆れた口調で言った。  だが和也は頭を上げなかった。 「いえ。こちらの皆様にも、本当にありがとうございました」  和也の、技術者としての本心だった。  佐藤が隣で頷いているような気がしていた。               Fin
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