4.好機

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4.好機

 下半身の世話はできるか。  渋いイケオジから放たれたとは思えぬその言葉に、ケイはぽかんと口を開けた。ヴォルクはますます険しい顔で、言いづらそうに続ける。 「異性の下半身を世話したり……風呂に入れたり……。決して綺麗な仕事ではないのだが――」 「…………」  ヴォルクが気まずく薄い色の目を伏せる。ケイは彼の言葉を頭の中で反芻し、首から頬が熱くなっていくのを感じた。 (下半身の世話……。男の下半身……風呂……。それってどう考えても――)  どう考えても、アレしかない。ケイは深々と頭を下げると断腸の思いで告げた。 「……すみません、ヴォルクさん! 選べる立場じゃないとは分かってるんです。職業に上下もないですけど、私も一応娘がいますから、子供に言えないような仕事はさすがに――」 「そ、そうか。そうだろうな。いや、断ってくれて良いのだ」 「すみません。体を売るのだけは、どうしても……!」 「老人たちの世話など、恵みの者に紹介する仕事ではなかったな」 「……え?」 「は?」  顔を上げ、互いの瞳を見つめ合う。その真意を探り、先に反応したのはヴォルクの方だった。 「なっ……。体を売る!? 馬鹿を言うな! 私がそのような仕事をそなたに紹介するわけないだろう!」 「えっ。だって下半身の世話って――」 「(しも)の世話のことだ! もちろん相手の半数は女人だが、異性に対してならより抵抗も大きいだろう?」 「えっ。じゃあお風呂に入れるのも……?」 「養老院なら、そういう仕事もあるだろう。何をどうしたらそんな誤解が生まれるんだ!」 「いや誤解しますよ! 言い方まぎらわしかったですよ!?」  気付けば二人ともテーブルに身を乗り出してヒートアップしていた。至近距離で見つめ合っているのにはっと気付き、椅子に戻るとケイは額を押さえる。 「なんだぁ~。介護の仕事ですか……」 「介護……まあ、そうだな。王都の郊外に私が管理する養老院があるのだが、最近欠員が出たのだ。寮もあるし、子供の預かり施設もあるからひとり親には働きやすいかと思ったのだが――」 「え、なんですかそれ。最高じゃないですか。勤めたいです」 「いや、だから老人の世話だと――」 「全然大丈夫です。もともとそういう仕事をしてましたから」 「そうなのか!?」  ケイ――柚原蛍は、元の世界で介護士をしていた。  この世界でそういう仕事があるかも分からなかったし、家族介護が中心なのかと思っていたから仕事探しで考慮もしなかったが、向こうからやってきてくれるなんて願ったり叶ったりだ。  しかも、寮と託児つき。このチャンスを逃すまじとケイはまた前のめりになる。 「抵抗はないのか? その、仕事とはいえ異性の――」 「今さらないですよ。そりゃ最初はちょっとはありましたけど、嫌でも慣れますから。いちいちそんなの考えてもないですね。相手おじいちゃんだし」 「そ、そういうものか」  ケイがあっけらかんと片手を振る。対面して以来、常に緊張感を漂わせていたケイの意外な図太さにヴォルクが小さく気圧されるが、それには構わずケイはさらに詳しい話を聞こうとメモを取り出した。 「じゃあ何交代制かと従来型なのかユニット型なのかと、寮にある備品と託児の条件と――」 「待て待て、詳しい話は私でなく――」 「ママー。ココちゅまんない。あそぼーよー」  前のめりなケイを制止するヴォルクと、一人遊びに飽きたココの声が重なる。ヴォルクは立ち上がるとココの柔らかな髪をそっと撫でた。 「すまない、退屈させてしまったな。……そろそろ出ねばならん。明日改めて詳しい者を来させるから、詳細はその者に聞いてくれ」 「分かりました。あの、本当にありがとうございます!」 「たまたま条件が合致しただけだ。礼を言われることではない。……ああ、そういえばケイは何歳だ? あまり飛び抜けて若いようだと仕事がやりづらいかもしれんが――」 「あ、31歳です。年齢制限とかないですかね?」 「31!?」  帰り支度を整えていたヴォルクがぎょっと振り返った。まじまじとケイの薄い顔を見つめると感嘆したようにつぶやく。 「私と五つしか違わないのか……。恵みの者というのは若く見えるのだな」 (いやそれ人種違うからだからー。…って、ヴォルクさん36!? もっと上だと思った! 渋すぎでは!?) 「…………」  まじまじと互いに見つめ合うこと、5秒。二人の沈黙を破ったのは焦れたようなココの声だった。 「ママー。まだー?」 「ああ、すまない。これで本当に失礼する。ココ、また会おうな」 「うん。ライオンのおじちゃん、バイバーイ」 「ココ! だからおじちゃんじゃないから……!」  もらったライオンのぬいぐるみを抱え、何も知らぬココが手を振る。その口を慌てて制止するとヴォルクは目尻に皺を浮かべて苦笑した。 「構わん。……三十路仲間だな」 「……ですね」
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