5.王都

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5.王都

「ちーっす。おはよーございます。荷物これだけっすか? んじゃ馬車に乗せちゃいますね」 「あ、はい。オルニスさん、本当にいいんですか? せっかくの休みなのに――」 「いいっすいいっす、将軍に頼まれてるんで!」  約束の七日目。養老院の施設長…ではなく院長から仕事の詳細を聞いて就職を決めたケイは、荷物をまとめて星読みの館から出立する準備を整えた。  施設は王都の郊外と聞いた。自信はないが、乗合馬車でも探すしかないか――そう腹をくくり朝食を済ませると、オルニスが訪ねてきてケイは驚いた。  彼はヴォルクの使いで迎えに来てくれたらしい。軽い調子で挨拶するとテキパキと荷物を馬車に積み込み、御者に命じて自身も荷室に乗った。少ない荷物に囲まれて、簡素な馬車はゆっくりと進み始める。 「ココちゃんもよろしくー。おもちゃ持った?」 「ちーす。もったー」 「はは。やっぱ女の子もかわいーなー。うちのは男だけど、女の子も欲しいなー」 「オルニスさんのお子さんはいくつですか?」 「うちは5歳っす。てかケイさん、31なんですってね! オレより全然上じゃないすか。敬語とかナシでいいっすよ」 「え。でも――」 「いやマジで。軍隊、そのへん厳しいんで」  見た目や立場がどうであろうと、年長者には敬語を使わなければいけないらしい。それならそのユルい言葉遣いはありなのかと疑問に思ったが、オルニスの親しげな様子にケイはほっと肩の力を抜いた。 「じゃあ、お言葉に甘えて……。先日は贈り物をありがとう。めちゃくちゃ実用的で助かった」 「あー。あれ実は嫁が選んで。うちの嫁さん、星読みの館で昔働いてたんすよ。今は辞めちゃったけど、ケイさんが子連れだって話したら『あんな何もないとこで小さい子と暮らすなんて地獄だ』って言うんで……。将軍も気にかけてたみたいだったんで、ちょっとだけ助言させてもらいました」 「そうだったんだ。奥さん、大神官様の部下だったの?」 「部下っつーか使用人ですね。アデリカルナアドルカ様とは反りが合わなかったみたいっすけど」 「あー。分からなくはない……」  館を発つ前に、一応は大神官にも挨拶をと思って部屋を訪ねたが多忙なのか不在だった。  出立直前に「この先の星行きは悪くないからとりあえず頑張れ」とだけ伝言が告げられ、それきりだった。やっと名前を覚えたところなのに最後までクセの強い人だった。 「そんでですね。養老院に向かうついでに、せっかくだから王都案内してやれって将軍に言われたんでちょっと回り道して行きますね」 「そうなの? ありがとう。土地勘がないから助かる」  こちらは何もしていないのに至れり尽くせりだ。拾ってくれたのがヴォルクで本当に良かった。彼と知り合えなかったら結局仕事にもありつけず、国の世話になっていたことだろう。  ガタゴトと上下に揺れながら、馬車は市街地を抜けて整備された道へと入っていく。市井の人々の活気ある様子を車窓から興味深く眺めていたケイは、立派な柵の向こうにそびえ立つ壮麗な建物に目を引かれた。 「あれは王宮っす。その隣にあるのが軍の本部ですね」 「この国は王様がいるんだっけ。どんな方?」 「オレも何回かしか会ったことないけど、今40歳ぐらいっすね。為政者としてはいい人だけど、人としては……うーん」 「え。ヤバいの?」 「ヤバくはないけど……めちゃくちゃ女好きっすね。王妃のほかに側室が3人だか4人だか……。最近また5人目の姫が産まれたとこっす」 「そうなんだ……。すごいね」  英雄色を好む、というやつだろうか。王宮を通り過ぎて軍の建物が近付いてくると、馬のいななきや訓練のかけ声が小さく聞こえるようになった。静かだった王宮付近とは違い、活気がある。 「オルニスもヴォルクさんもここに勤めてるの?」 「そうっす。将軍は王宮に出向いてることも多いっすけど。国内に将軍は5人いて、ヴォルク将軍ちは代々王都を守ってますね。他は周辺国に目を光らせたり、国内の治安を維持したり」 「ふーん。自衛隊と警察が一緒になってるみたいな感じか……」 「?」  国内に5人というと、少なくとも県警のトップぐらいの権力はあるということだろう。むしろ警察庁長官や大臣クラスかもしれない。いずれにせよ、かなりのエリートの人に拾われたということだ。 「それにしても、ケイさん勇気ありますね。将軍のこと『さん』付けだなんて」 「えっ。……あっ、駄目だった!? 『様』つけないといけない感じ?」  元の仕事でかしこまった言い方をすることがそれほどなかったためフランクに呼んでいたが、大変な失礼をしていたのかもしれない。ケイが慌てるとオルニスはへらっと笑う。 「いや、いいんじゃないすか。将軍も気にしてないみたいだし。あ……そろそろ将軍ちが見えてきましたよ」 「どこ?」   「もう入ってます。ここからあっちまで、全部敷地っす。本邸はー、……あ、あの遠くの建物」 「は!? えっ、なんでこんなに広いの!? 将軍ってそんなに土地もらえるの?」 「まさか~。ヴォルク将軍が、代々続く侯爵家だからっすよ。あ、侯爵って分かります? 王族の血縁以外では一番上の序列の貴族なんすけど」 「侯爵……」  海外の王族のニュースでしか聞いたことのない単語だ。だが、地位がとても高いことぐらいは分かる。 「……私、もしかして大変な人に仕事の紹介頼んじゃった……?」 「んー。まあオレらだと恐れ多くてなかなか思いつかないかもしれないっすね。でもお互いの希望がちょうど一致したし、良かったんじゃないすか? 将軍もケイさんを助けてハイ終わり、じゃなくて先のことまで見届けられるなら、第一発見者として安心するんじゃないすかね。責任感強い人だし」 「そうかな……。そうだといいんだけど」 「はい。で、さっきの続きっすけどヴォルク将軍はヴォルク侯爵でもあるんで、地方に領地があります。普段は王都に滞在してますけど、たまに見回りに行ってますね。将軍としては軍の仕事をしてますけど、侯爵としては城での仕事の他にも先代からやってる病院とか養老院とか孤児院なんかを管理してて、ケイさんが行くとこもその一つっす」 「はぁ……。侯爵家ってすごいんだね。忙しそう……」  将軍でありながら大貴族でもあり、かつ実業家の側面もあったとは。そんな彼に売春を斡旋(あっせん)されたと勘違いしてしまったことが今さらながら悔やまれる。穴があったら入りたい。 「オルニスも貴族なの?」 「はい。つっても、オレは一番下の男爵っすけどね。売っちゃったんでもう領地もないっす」  馬車はゆっくりと郊外に入っていた。ガタゴトと揺れる車体はケイにとっては落ち着かないものだったが、ココはいつの間にか眠っていた。そういえば、ベビーカーでもすぐ寝る子だった。 「あれ……なんか、建物の感じが変わったね。このへん、荒れてる?」 「あー。このあたりまで、グラキエスの侵攻のとき北の奴らに踏み込まれたんすよね。そっからまだ復興してなくて」 「侵攻?」 「うす。グラキエスってのはオケアノスのすぐ北にある国なんすけど、10年前に領土を拡大しようって南征してきたんすよ。大半は王都より北で追い払ったんすけど、一部は王都の郊外…このあたりまで攻め入ってきて。火を放ったんで建物が結構被害を受けて、人も避難しちゃったんで荒れたままになっちゃってんですよね」  市街地に比べるとそもそもポツポツとしか家が建っていないが、綺麗に再建された家がある一方で、焼けたまま崩れ落ちた家や風雨で朽ちた家も目立つ。今は平和に見えるが、生臭い戦いが比較的最近まで起きていたのか。 「今は大丈夫なの? また戦いが起こったりとか――」 「最終的には叩きのめして追い返したんで、大丈夫っすね。グラキエスも皇帝が代替わりして和平も結んだんで、少なくともオレらが生きてるうちは攻めてこないと思います。まーお互い結構犠牲も出たんで、戦はこりごりって感じで」 「そうなんだ……。全然分からなかった」  これから生きていくであろう国で、また戦いが起こるなんて絶対に嫌だ。ひとまずは安寧の時代が続くと聞いてケイはほっとした。 「実はオレんちも、もともとはこの辺に実家があって。北の奴らに焼かれたんです」 「えっ。ご家族は?」  何気なく告げられた言葉にケイはぎょっと振り返った。オルニスは明るい瞳のまま小さくうなずく。 「それは無事でした。火に追われてたとこを、ヴォルク将軍が助けてくれて。あの人が誘導してくれなかったら、オレもオレの家族も命がなかったかもしれないっすね」 「そうなんだ……。命の恩人だね」 「はい。そんでですね、こっからが大事なんすけど、そんときの将軍がめちゃくちゃカッコ良かったんすよ! あの銀の髪をなびかせて、グラキエスの奴らを剣で追い払ってくれて……あまりのカッコ良さに痺れて、オレ文官志望だったのに翌日には騎士に志願してました」 「そ、そうなんだ」  急にヒートアップしたオルニスが、少年のように頬を紅潮させて拳を握った。熱弁に()されながらも、その光景を想像するとケイも少し胸が高鳴った。たぶん、自分だったら一目惚れしているだろう。 「そうそう、あの銀髪にあのチョー渋い顔なんで、ヴォルク将軍は『銀獅子将軍』とか『銀獅子侯爵』って呼ばれてるんすよ。ここ試験に出ますから、絶対覚えてくださいね!」  えっへん、と胸を張って言われ、ケイは思わず噴き出した。それほど尊敬する人が上司なら、働きがいもあるだろう。 「……似合うね」 「でしょ! マジかっけーっすよね!」  オルニスがくしゃくしゃの笑顔になったのと同時に、馬車が止まった。窓から見上げると、石造りの重厚な建物に木漏れ日が揺れている。 「着きました。ここがケイさんの明日からの職場の、カルム養老院っす」
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