principium

1/1
17人が本棚に入れています
本棚に追加
/1ページ

principium

膝をつき髪を強引に引っ張られ断頭台に座る彼の方へと顔を向けられる。 拷問にあった身体は皮膚が引き攣り膝立ちも難しく、震えながらもあの人の姿に目を止めた。 後ろ手できつく締められた手綱は王宮騎士の手に握られ縛り付けられている。 どうしてこうなった? 何がいけなかった? 「アスラム殿下!!」 何度も何度も喉が枯れるほど大声で彼の名前を呼ぶ。 彼の1番近くに居たはずなのに、なぜ守れなかった? この国にはあの人が必要だ、国民に寄り添えるのはあの人しかいない。 なのに、あんな奴らの策略に乗ってしまったのは自分だ。 殴られて腫れた目にたまった涙で彼の顔が霞んで見えない。 俺のせいだ…俺のせいで… 「殿下、申し訳ございません」 零れ落ちる涙は腫れた頬に流れた。 一瞬、こちらを向いた殿下は、昔と同じくその精悍な顔で笑った。 声は出さずたぶん口だけ動いている、昔からの殿下の癖だ。 『ありがとう』 そう言った瞬間、物凄い音を立ててその刃は殿下の首を切り裂いた。 「あ、あ、あ、ああっっっつ!!殿下!!」 声が喉を切り、掠れたままの言葉はもうあの人には届かない。 「もうし…わけ…ございません…アスラム…」 あの姿はこの目とこの脳裏に焼き付けた。 「殺せ!!私を殺せ!!お前ら全員呪い殺してやる!!」 声を荒げ周りを挑発し、怒り狂う。  半狂乱になった自分を笑い、泣き叫ぶ。 神よ、この世にあなたがいるのなら、もう一度…もう一度あの人とこの世を生きてみたい。 どんな形でもいい、俺はあの人を…この国にはあの人が必要だ!! 頼む、神よ。 もう一度やり直せるなら、俺はどんな状況でも受け入れる。 だからもう一度… 断頭台に首を乗せられ、頭上から物凄い音が響き渡った瞬間、俺の意識は途切れた… ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆ 『…愛しい我が子よ…あなたの願い聞き入れよう、ただ前回とは違う試練を与える、それを乗り越えて彼と幸せになりなさい…愛しい…愛しい…私の子よ…』 声のする方に意識を向けた瞬間目が覚め飛び起きた。 頸に手を当てて繋がっていることを確認する。 処刑…されたはず… 嫌な汗が背中を伝い洋服に張り付く。 …生きてる… 薄らとした記憶の中で誰かの声が聞こえた。 ”愛しい我が子…” 確かにそう聞こえたが、気のせいか? ここは確かに俺が騎士達に捕縛されるまでいた屋敷…のはずだけど… 少し様子がおかしい? ベットから降りてなんとなく変わった部屋の中を見渡す。 この部屋は殿下付きの騎士になるまで使っていた侯爵家の俺の部屋…のはず。 謹慎になり、ここで軟禁されてあの処刑の前日に捕縛された。 アスラム殿下がまだ王子だった幼少期は遊び相手として、学園に居る時は側近の1人としてずっとそばに居た。 「なんだか変…だよな…」 側近になってからは騎士として訓練の日々だったから、こんなに煌びやかな家具や寝台なんてなかったはずで、壁紙もなんだか俺が好むシンプルなモノとは違う。 「何がどうなって…」 あれ? なんだこれ? 喉に手を当ててもう一度声を出す。 「俺ってこんな声だったか?」 そう言えば自分の手なのにほっそりとしている? 身体に触れても以前のように筋肉質な体格でもなく、着ている洋服もいつもならシャツに、楽なパンツな筈… 上から下までのワンピースの様なものを着用している? 急いで洗面台の所まで駆け寄り、正面の鏡の中の自分を確かめる… 俺? 確かに俺の顔がそこにあるが、以前より線が細くなんて言うか、野生的な部分がなくなって、中性的な雰囲気で、とても綺麗な男性?になってないか? え? ええっ? そして今気付いた、首に嵌めてあるこれはなんだ? 鏡の自分に手を差し伸べて首の辺りに指を置く。 これって… 「ユーリス!!」 乱暴に開いた部屋のドアを向くと、あの時断頭台で見た精悍で整った顔立ちのアスラム殿下が現れた。 「何をしている?立ち上がったりして、大丈夫なのか?」 突然現れた殿下は少し若い気がしたが、あの時の憔悴しきった姿ではなく、血の通い、生き生きとした生前の姿のままだった。 生きている… そう実感した瞬間、頬には涙が伝い、苦しかった胸の辺りを掴んでその場にしゃがみ込んだ。 神よ、ありがとうございます。 もう一度この方に合わせていただいてありがとうございます。 心の中でそう唱えていると、慌てて駆け寄って来た殿下に抱き上げられた。 驚いて顔を上げると心配そうな表情をした殿下が 「どこか痛むのか?ちゃんとベットで静養していないと駄目だろう」 「殿下降ろしてください、重いでしょう?1人で行けます」 足をばたつかせて腕から離れようとするが殿下の力は思ったより強く、そう言ってる間にベットに降ろされた。 「何を言っている、ユーリスは軽いぞ、もっと食事をとったほうがいいくらいだ」 掛け布団を胸元までかけて額にキスをされる。 「殿下…」 幼い頃でもこんな事はされたことがなく、俺は少し混乱しながら殿下の顔を眺めた。 「ユーリスが学園に来る途中、倒れたと聞いて驚いた。」 俺が? 何かがおかしい。 この世界はやり直している…のは間違いがない、あの時聞こえた声では”違う試練”と聞こえた気がした。 それがこの違和感に繋がるんだろうか? 「俺は…倒れたんですね…え?学園?学園っていいました?」 「そうだ、大丈夫か?」 もう俺は学園を卒業して殿下の騎士、側近としてそばに居た。 それが学園? 「やっぱり医者に見せるべきだ、カイン、ハイサル医師に連絡を」 殿下の従者、カインは言われた通りすぐに部屋を出ていった。 「大丈夫です、頭じゃなくなんて言うか違う意味で頭がこんがらがっていると言うか…」 時間軸までも遡っている、のは間違いがなさそう。 今思うと、殿下を陥れる策略はもうこの時期から始まっていたのかもしれない。 まだ思考がはっきりしていない分、色んなことがあやふやだ。 落ち着いてから頭の中を整理していかなければいけないな、なんて1人で悶々としていると、横から殿下の大きなため息が聞こえてきた。 「ユーリス、悩んでいる時はいつもそうやって黙ってしまう、お前の癖が出ているぞ、俺にできることなら言ってみてくれないか?力になる」 俺の髪を梳きながら心配げな表情をした。 「す…すみません、殿下の前で。でも本当に大丈夫です、ただ…」 「ただ?」 「…もう一度殿下の御尊顔を拝見できて良かった…」 あの時の姿が脳裏から離れない、自分の失態で陥れられた、もう2度と会えない、そう思っていたから… 「なんだ、俺にもう会えない、みたいな言い方だな?」 「あ…すみませ…」 殿下が俺の手をとりキスをする。 「俺がお前を手放すはずはないだろ?」 この時間軸でも俺は殿下の幼馴染で側近なんだろうか、なら良かった。 次こそはこの手で守ってみせる。 以前より風貌は少し変わっているようだが、これから鍛錬して強くならなければならないな。 「ありがとうございます、殿下…」 「とりあえず、医師の診断を受けてくれ、学園に復帰してもいいとハイサルのお墨付きが出たら、戻ってこい」 そう言って殿下は帰って行った。 ハイサル先生の診断を受けて処方された薬を飲むと、一気に眠気が遅い、それから俺の長い長い1日は終わりを告げた。 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆ 喉が渇く、身体が熱い、目を開けると視界がユラユラと歪んで見える。 突き上げる”何か”が身体中から溢れ出し、脳が蕩けてしまいそうだ。 布団を剥いでサイドテーブルにある水差しに手を伸ばすが、ふらつく手が当たって床に落としてしまう。 「ユーリス様、大丈夫ですか?」 その音を聞きつけて従者がやって来た。 カイル? にしては小さい? 「ヒート初期の症状ですね、周期がズレているので、抑制剤を飲んで、押さえましょう」 彼は慌てて俺を抱き起こし、ベットに横たえた。 「カイル?ヒートって…俺はアルファだぞ…?」 混濁した視界で彼を呼び、そう答える。 「混乱してますね、僕はアンリです」 アンリ…アンリ? 聞いたことないな、でも声は心地いい。 棚から頑丈に施錠された箱を取り出し鍵を開けて薬を何錠か取り分け、俺に差し出してくる。 「飲んでください、これで症状は落ち着く筈です」 思う様に手の上の薬を取れずにいると、アンリが直接口の中に薬を放り込み、抱き起こした俺に水の入ったコップを飲ませた。 「少ししたら効いてきます、それまで横になりましょう」 身体だけは頑丈で今までこんな事はなかったのに、死に戻ってから自分の身体が身体じゃない様だ。 ヒート…ヒートってなんだっけ? 「睡眠薬も入れておきました、ゆっくり休んでください」 アンリの言葉が耳の遠くで響いている様だ。 優しく少し高い声色が子守唄の様に聞こえてそのまま俺は眠りについた。 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆ 『愛しい我が子ユーリス、あなたには試練を与えました。今までとは生き方が変わるでしょう、それが乗り越えたなら…』 その声が途切れた瞬間目が覚めた。 開け放たれた窓からは心地の良い風が頬を撫でる。 ”試練”か… 昨日の事はうろ覚えで、とにかく身体中が火照って自分の身体じゃない感じがした。 ここでの俺は身体が弱いのか? 従者が昨日何か言っていた気がするが、なんだったのか覚えていない。 起き上がってベットに腰をかけ、サイドテーブルにあるベルを鳴らした。 ドアから入って来たのはふわふわの栗毛と大きな瞳を持った背の低い従者だった。 昨日の従者だ… 「ユーリス様、お加減は如何ですか?」 差し替えの水差しを盆に乗せて小走りにやって来た。 「あ、うん、もう大丈夫」 こんな従者、我が家にいただろうか? 「なら良かったです!」 「あー、俺って”学園”行く時に倒れたんだよな?」 「そうです、侯爵邸から出て馬車に乗る手前で倒れました、肝が冷えましたよ」 胸に手を当てて息をついたアンリは、また棚から薬を出し、口に放り込んできた。 「ユーリス様、ちゃんと抑制剤飲んで頂かないとこまります!何かあったら大変ですよ?」 抑制剤… やっぱりだ、アルファの抑制剤とは違うものなのか? 「アンリ?抑制剤というのは…」 「何言ってるんですか、Ω用の抑制剤ですよ、本当にどこが頭打ちました?」 Ω…Ω…オメガ…?? 「俺がΩ?」 「本当、どうしました?ユーリス様はオメガでアスラム殿下の婚約者でしょ?だからΩの僕が従者なんじゃないですか」 ”試練…” そう言うことか…え?ええっ?えええっ??? ちょっと待って、いま殿下の…なんだって? 「オレ…俺が殿下の?」 「そうですよ、生まれた時から決まってたって聞きましたよ?」 俺がΩで殿下の婚約者… 筋肉質の身体は見る影もなくなっているし、身長も以前は殿下よりも高かった。 声も聞こえてくるのはそれまでの低い声じゃなく、少し高い通る声だ。 紛れもなく違う自分だよな…。 死に戻ってあの日、鏡に映った自分の首に嵌められているガードが気になってはいたが、それがΩ専用のネックガードだったとは露ほども思わなかった。 アンリに声をかけ、鏡を持ってきてもらう。 そこに映るのは自分であって自分じゃない自分。 顎もシャープになっているし、鼻も少し鷲鼻だったのに、筋が通った小ぶりなものに。 1番変わっているのは、切長の二重だった瞳かもしれない。 いまこの顔についているのはとても大きなぱっちりとした二重の大きな瞳。 「俺は今騎士なのかな?」 ぼそっと呟いた声を聞いていたアンリが 「何言ってんですか、ユーリス様が騎士だなんて、殿下がさせる訳ないじゃないですか」 ズキッと胸に痛みが響く。 「そっかぁ…」 俺は侯爵家の次男。 後継は兄だ。 だから俺は幼い頃から同じ歳の殿下の側近として指名され、体格的にも身体的にも騎士としての才があった為剣を振ることしかしてこなかった。 学園の剣術大会でも優勝を勝ち取るほど鍛え抜いた…手が剣を握れないほどマメができてもそれを上書きしてきた。 それなのに、ここではそれが必要がなく、Ωとしての俺が必要だなんて、望んだとはいえ非常だな。 小さく柔らかい豆粒なんてできたことのなさそうな手を眺めながら寂しさを感じてその手を握りしめた。 「アンリ、明日から学園に行きたいんだけど…」 でも変わっているのが俺の変化だけだとすると、殿下の失脚劇は変わっていない筈。 俺が望んでここにいるんだ、ならやるべき事をやらなきゃダメだ。 「先生からは無茶をしないならと了解を得ています、登校なさいますか??」 「行く」 初めて大きな声が出たからか、それまで心配そうにしていたアンリがホッと一息ついてニコッと笑った。 「久しぶりにいつものユーリス様ですね!でも無茶はダメですよ?」 「うん、わかった!」 言った途端口を手で隠した。 俺、こんなものの言い方していただろうか? 「では王宮にも伝達しておきましょう、アスラム殿下が心配しておいででしたので」 寝衣を着替えさせられ、洗濯物を両手に抱え、アンリは部屋を出て行った。 頑張って得たものは無くしたけど、また違う立場で戦い守れる事があるのかもしれない、生きてさえいれば…。 俺はこうして戻れた。 これからが”もう一度”の始まりだ。 今はまだこの国の未来は変えられる… ならまだ大丈夫。 そうですよね、神様…。
/1ページ

最初のコメントを投稿しよう!