(終)事件、解決する

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「あの、先生」 「何だ?」 「1つ、分からないというか、理解し難いことがあります」 「何だ? 言ってみろ」 「白井百合花は、糸田悟郎に別れを切り出されたことで憤慨して彼を殺害した、  とのことですが……交際相手から別れを告げられたぐらいで  殺意なんて抱くものでしょうか?」 藤本の質問に千波と深井も同調する。 神里は心得たとばかりに得意げに笑って見せた。 「その本質は彼女の幼少期の心の傷に起因してるな」 「幼少期の心の傷、ですか」 「白井百合花は幼い頃に両親が離婚している。  何でも父親が浮気して、相手のところに行ってしまったらしい。  妻と娘を捨ててな。  後に母親は金持ちの男と再婚して金銭的に困窮することはなかったようだが……  父親に捨てられたという思いは彼女の心に深い傷となって残った」 「そんなことが……」 「そんな心の傷を癒す為に、  大人になった彼女は父親の代わりになりそうな男と交際するようになった。  それが糸田悟郎だった」 「確かに、白井百合花と糸田悟郎は親子ほどの歳の差がありますね」 「だが、後に糸田悟郎から別れを告げられた。彼は妻子の元に帰ると言った。  その姿は、彼女にはかつて自分達を捨てた父親の姿と重なって見えたんだ」 「それで……殺意が湧いたんですね」 「そうだ。彼女が本当に殺したかったのは糸田悟郎じゃない。自分の父親だ」 きっぱりと言い切る。それから、神里は少しだけ目元を崩した。 「だが、そのもっと奥にあるのは愛されたかったという渇望だ」 神里の解説により、一同は納得する。 ただ、なんともやり切れない空気感が漂った。 少しの間沈黙が流れ、各々がコーヒーを口にする。 そんな中、これまで黙っていた深井が空気を変えるように話題を変えた。 「ところで藤本さん、本当に入院しなくて大丈夫なんですか?」 「え?」 「結構がっつり殴られてたみたいだったので」 「ああ……」 2日前、久須野によってスパナで頭を殴られた後、藤本は意識を失った。 治療を受けた彼が目を覚ましたのは翌朝のことだった。 その後の検査の結果、脳に大きな損傷は無いと判明したのは幸いだった。 が、それを知るや否や彼はさっさと退院してしまったのだ。 医者からはしばらく入院することを勧められたが断った。 そして現在に至る。 のだが、時折頭をふらつかせているので深井が心配したのだった。 「大丈夫ですよ」 「ならいいですけど……」 「取り敢えず医者から許可はもらってるから大丈夫だ。  何より、こいつが居ねえと俺の腰痛生活がままならないからな。  医者の許可が無くても無理やり連れて帰ってたよ」 「えぇ……」 明らかに冗談ではあるが、とんでもないことを言って豪快に笑う神里を見て、 深井がやや引き気味の声を漏らす。 神里の隣では、藤本が困り顔で微笑んでいた。
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