(26)助手、説得する

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「何で……」 「え?」 「何で俺があの事件に関わってるって分かったんですか?」 「ああ、それは直感です」 「は?」 「実を言うと、証拠などは無いんです。  状況と発言内容から推測して、何となく察したんです」 「……」 糸田は藤本の目をじっと見て、それから顔を背けた。 「貴方のそういうところに、神里先生は目を付けたんでしょうか?」 「さあ。それは分かりません」 藤本が答えると、糸田は窓の外に目を向けた。 夕日の名残も消えて、空一面に闇の色が広がっていた。 再び沈黙が流れる。 だが、それはすぐに途切れた。 「母と妹は……」 「はい?」 「俺が捕まったら、母と妹はどうなるんでしょう」 窓の外を見つめたまま、糸田は問い掛ける。 そんな糸田を見つめて藤本は答えた。 「多分、妹さんが家計を支える形でそれなりにやっていくしかないと思います」 「犯罪者の家族として周りから白い目で見られるようにも……なりますよね」 「そればっかりは……」 藤本が顔を曇らせて俯く。 糸田を安心させる為の言葉が浮かばなかった。 「俺が馬鹿だったんです。あんな話、受けなければ良かったのに」 「あんな話?」 藤本が顔を上げる。 見れば、糸田も彼の方に顔を向けていた。 「とにかく金が足りなくて苦しんでいた時のことです」 「はい」 「勤務先の人にも幾らか借りたり相談に乗ってもらったりして、  何とか母の入院費だけでも工面しようとしてました。  そんな時に、久須野さんから声を掛けられたんです」 「久須野さん?」 「ええ。儲かる話があるから協力しないかって」 「どんな話だったんですか?」 「兼河保志という人の自宅には常に100万円以上の現金があるから、  それを盗んで山分けしようって話でした。  1人では心許ないけど、2人でやったら確実に成功するからって」 「その話に乗ったんですか?」 「最初は断りましたよ。でも、何度も誘われて。  兼河保志という男の自宅にある現金は悪いことをして得た金だから、表に出せない。だから、盗んでも警察沙汰にはならないんだってしきりに説得されました」 「悪いことをして得たお金、ですか」 「詳しいことは俺にも分かりませんが」 「そうですか」 「とにかく毎日のように久須野さんに説得されました。  俺もあの頃は頭がおかしくなってたんでしょうね。  盗みなんてって思っていたのに、  成功すれば最低でも50万円が手に入るって思ったら……」 「魔が差してしまったんですね」 「馬鹿だったと、今は本当にそう思ってます」 糸田が力無く項垂れる。 その姿を見て、藤本もやるせない表情を浮かべた。
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