105人が本棚に入れています
本棚に追加
(27)助手、厄介な話を聞かされる
「これを貴方に託します」
「これは?」
「兼河さんが持っていた手帳です。久須野さんと揉み合った時に落ちたんです」
「内容は……お金の貸し借りを記録したものですね」
手帳をパラパラとめくると、誰に幾らの金を貸した・返してもらったといったメモが細かく書かれていた。
兼河は友人知人によく金を貸していたらしいので、その内容を記したものだろうと藤本は納得する。
「はい。捜査を撹乱できるかも知れないから持ち去ってしまおうって話になって、
俺が持っておくように言われたんです」
「なるほど。この手帳がどうかしましたか?」
「一番最初のページを見て下さい」
「これは……」
藤本が目を見開く。
そこには『糸田悟郎』とだけ書かれていた。
金銭のやり取りは一切無く、名前だけが書かれていたのだ。
「これって糸田さんのお父さんの名前ですよね?」
「はい」
「どうしてここに書かれてるんですか?」
「分かりません。父が兼河さんとどういう関係だったのか、も」
「でも確か、糸田悟郎さんが亡くなったマンションは、
兼河さんが住んでいたマンションと同じだった……」
「そうなんです。だから、父の死に兼河さんが何か関わっているんじゃないかと思って、今更ながら彼のことを調べようとしたんです」
「なるほど」
話が意外な方向に進んでいるような気がしたが、
糸田があまりに真剣な様子だったので藤本はそのまま彼の話を聞くことにした。
「そんな矢先のことでした。大金を手に入れた祝いにって久須野さんが、
俺を飲みに連れて行ってくれたんです。
『サフラン』ってキャバクラで『エリカ』というキャバ嬢を紹介されました。
何でも、兼河さんの自宅に多額の現金があるってことを
久須野さんに教えたのは彼女だったそうなんです」
「え? ……ああ、なるほど」
思わぬ名前が出てきたが、すぐに藤本は納得する。
『エリカ』こと白井百合花は、兼河とも久須野とも関係が深い。
そのベクトルは全く異なるものだが。
自分の立場を利用して『エリカ』が兼河の情報を久須野に渡すことは、十分にあり得る話だ。
「『エリカ』は兼河さんのことをよく知ってるんだと思いました。
それで、彼女から兼河さんについての情報を聞き出そうと思って
何度か店に通ったんです。
でも、『エリカ』は話をはぐらかすばかりで、何も教えてくれませんでした。
でも……」
不意に糸田の顔つきが険しくなる。
「兼河と関係のある人間として父の名前を出した時、彼女は血相を変えたんです」
「え?」
「青褪めて、それから酷く怒りました。
訳のわからないことを喚いて、その場から逃げてしまったんです」
「それはなぜでしょうか」
「さあ」
薄く笑って糸田は視線を遠くへやる。
その様子に、藤本は何かを察した。
最初のコメントを投稿しよう!