(27)助手、厄介な話を聞かされる

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「糸田さん、本当は分かってるんじゃないですか?」 「はは、さすがですね」 ため息まじりに糸田は小さく笑った。 「実は俺、『エリカ』には見覚えがあったんですよ。  向こうは俺のことなんか知る由もないでしょうけど」 「どういうことですか?」 「昔、俺が大学受験を控えてた頃の事です。  俺、街中で偶然見てしまったんですよ」 「何をですか?」 「父と彼女が一緒に歩いてるところを」 「え……」 「仲良く腕なんか絡ませて。  親子ほどの年の差があるはずなのに、まるで恋人みたいに見えました」 「それって……」 「ええ。俺は父の不倫を疑いました。  でも、母に心労をかけたくなかったから見なかったフリをしました」 「……」 「そのすぐ後だったんです。父があのマンションから転落して死んだのは」 「……そうだったんですか」 思わぬ情報を知らされて、さすがの藤本も困惑する。 糸田悟郎と白井百合花の関係。糸田悟郎の転落死。 兼河保志と白井百合花の関係。兼河保志の殺害。 そして、兼河保志のメモに残されていた『糸田悟郎』の名前。 切れ切れの糸がぐちゃぐちゃに混ざり合っているような感覚に、頭が痛くなる。 「糸田さんが、お父さんの死を自殺ではないと思ったのは、  兼河さんの手帳を見たからですか?」  「いえ、元々疑ってました。父の死にはあの女が関わってるんじゃないかって。  でも、証拠が無かったからどうにもならなかった。  それに、真実を明らかにしたところで母と妹を苦しめるだけだと思って、  俺は自分の心にフタをしてたんです」 「この2年間、ずっと1人で抱えてたんですね」 「はい。そんな折、偶然にも兼河さんのメモを見つけて、  『エリカ』と会って話して、確信しました。父の死には彼女が関わっていると」 「うーん……」 難しそうな顔をする藤本に、糸田は更に続けた。 「実は、『エリカ』に父の話をした翌日のことだったんですよ。  俺が久須野さんに突き飛ばされて殺されかけたのは」 「え? そうだったんですか」 「はい。大方、『エリカ』に何か言われたんじゃないですかね。  久須野さん、あの女に惚れ込んでたから」 「僕としては、てっきり糸田さんと久須野さんの間に  何かトラブルでもあったのかと思ってました」 「ああ、まあ確かに。『エリカに付き纏うな』と何度か言われたりはしましたね」 皮肉っぽい笑みを浮かべる。 それから糸田は改まった様子で藤本に向き直った。 「藤本さん」 「はい」 「自首してしまったらもう、俺はこの事を自分で調べることが出来ません。  だからどうか、藤本さんが俺の代わりに父の死の真相を……」 ──その時、突如として病室の扉が開かれた。
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