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(29)助手、殴られる/教授、殴る
「よお、糸田。事故で入院とは災難だったなあ」
扉を開けて糸田の病室に現れたのは久須野良也だった。
醜悪な顔にニヤニヤと卑しい笑みを浮かべていた。
「久須野さん!」
藤本が思わず椅子から立ち上がった。
その顔に焦りの色が宿る。
(まだ捕まってなかったのか。てことは、その内ここに警察が来るかもしれない。
それはちょっと困る。こんなところに警察が来たら、
久須野さんはおろか糸田さんも捕まってしまう。
自首より先に警察に捕まってしまったら、説得の意味がなくなってしまう。
いや、そんなことより……)
すぐに藤本は思い出した。
久須野が糸田の命を狙っていることを。
(まずいな。これは殺す目的で来てる。
どうしよう。この状況を打開するにはどうすれば……)
焦りながら、藤本は最善策を模索する。
立ち上がったまま黙っている藤本に、久須野の方から声をかけてきた。
「何だ、テメェも居たのか」
「はい、どうも。先客です」
「悪いがちょっと外してくれないか?
ちょっとこいつと大事な仕事の話があるんだ」
久須野が言うと、糸田はベッドの上で後ずさろうとした。
彼も身の危険を感じているようだった。
糸田を庇うように立ち、藤本は久須野と対峙する。
「そういうわけにもいかないんです。
だって久須野さん、貴方は糸田さんを殺害するつもりでしょう?」
「何だと?」
「昨夜、見たんです。貴方が糸田さんを道路に突き飛ばしたところを。
その理由も、全部知ってます」
「──!」
久須野の顔から笑みが消える。
代わりに、その目に強い敵愾心が宿った。
藤本は尚も続ける。
「糸田さんは自首することを決意してくれました。
僕としては久須野さんにも自首をお勧めします。
それが嫌ならさっさとここから逃げた方が良いですよ。
程なくして警察が来ることになってますから」
冷静な顔で言い放つ藤本だったが、警察が来るというのはハッタリだった。
久須野が慌ててここから立ち去るように意図したものだった。
「そうか。そういうことなら……」
久須野がゆらりと歩み寄ってくる。
かと思った時、久須野は懐からスパナを取り出し、素早い動作で振り下ろした。
「あ……」
鈍い音とともに藤本はその場に崩れ落ちた。
頭から鮮血が流れ、病室の床を汚す。
「久須野さん、何をっ……!?」
驚き慄く糸田に、久須野は冷徹な声で言い放つ。
「お前にはここで“自殺”してもらう」
「なっ……」
「金欲しさに兼河保志を殺害するも罪悪感からの自殺、
ってストーリーだったが……この眼鏡小僧がノイズになるな。
まあ良いか。こいつとは何かでトラブって思わず殺しちまって、
自分もパニックになって病院の窓から落ちて死亡……と。
こんな感じで良いか」
「そんな馬鹿な話が……!」
「あるんだよ。お前さえ死ねば全て丸く収まるんだよ。
兼河を殺したのも金を奪ったのも、全部お前の責任になるんだ。
そして俺は晴れてエリカと一緒になる!」
狂気じみた笑みを浮かべて久須野はスパナを振り上げる。
右足首を骨折している糸田は逃げようがなく、目を閉じて身構えることしか出来なかった。
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