(29)助手、殴られる/教授、殴る

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「うがっ……!」 久須野が醜い悲鳴を上げた。 次いで、スパナが床に落ちる音が響く。 振り上げられた久須野の右手は、背後から現れた人物によって掴み取られていた。 「何してくれてんだ、テメェ」 久須野を背後から拘束したのは、神里だった。 神里は、掴んだ久須野の右手首をそのまま握り潰さんばかりに力を込める。 「あがああああああ……」 あまりの痛みに悲鳴を上げた久須野が藤本から手を離した瞬間、神里は久須野を思い切り蹴飛ばした。 「クソが。しばらく伸びとけ」 壁際にまで弾き飛ばされて倒れた久須野に、神里は冷たく言い放つ。 それから藤本の方に向き直った。 「大丈夫か?」 「はい。ありがとうございます」 半身を起こして応える藤本だったが、頭を打たれているからかその目はどこかぼんやりとしていた。 彼の頭から流れている血を見て神里は更に顔を顰める。 「大丈夫じゃなさそうだな」 「うーん、そうですかね」 へらりと笑う藤本を見て、神里は小さなため息を落とした。 「ところで、どうして先生がここに?」 「ああ、色々あってな。つーか、俺が電話してもお前さんが全然出ねえから  心配になって来てみたんだよ」 「あ、すみません。マナーモードにしてて気付きませんでした」 「やれやれ。まあ、来てみたらこのザマだったわけだ。来て良かったよ」 「すみません」 「お前さんが謝ることじゃねえよ」 少しだけ笑って神里が応えると、藤本が不安そうな顔で問いかけた。 「糸田さんは?」 「ああ、あいつなら廊下で拾った。大丈夫だ。今は医療スタッフに保護されてる」 「そうですか。なら良かった」 「人の心配よりテメェの頭の心配でもしてろ」 神里が軽く小突くと藤本はまたへらりと笑った。 それから一呼吸置いて、神里が真剣な顔つきで切り出す。 「説得は……成功したんだな」 「はい」 「そうか。よくやった」 「ただ、ちょうどその時に久須野さんがここに来まして」 「糸田を殺しに来たのか」 「はい」 「それで運悪くお前さんも巻き込まれちまったわけか」 「そのようです」 「糸田にとっては幸運だったな。  お前さんが居なかったら確実に殺られてただろうからな」 「そうかもしれませんね。僕は僕で先生が居なかったら殺されてたでしょうけど」 「確かにそうだな。久須野の奴をもう2、3発殴っておくか」 「それは駄目ですよ。引退して久しいとはいえ先生は元ボクサーですから、  例え相手が犯罪者でも迂闊に手を出したら──」 不意に藤本が息を呑む。 見開かれた彼の目には、久須野が映し出されていた。 神里の背後に立ち、握り締めたスパナを高々と振り上げた久須野の姿が── 次の瞬間、素早く立ち上がった神里が振り返りざまに右ストレートをぶちかました。 目にも留まらぬ速さで繰り出された拳は、見事に久須野の顔面を直撃する。 「がっ……」 悲鳴を上げる間もなく久須野はその場に倒れた。 「これは正当防衛だ」 拳を構えた姿勢のまま、神里がしたり顔で言った。 「そうだろう?」 「は、はい」 藤本もまた、顔を引き攣らせながら頷いた。
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