優男系魔術師団長マーカス(3)

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優男系魔術師団長マーカス(3)

「さてどこから話をしようか。あれは今から三十八万年前……いや、一億四千年前だったか。そんなことはまあいいか。俺にとってはつい最近の出来事だけど、君にとっては明日の……、いや、現在進行系の出来事だね」 (オッケー、だいたいどのへんの年代のオタクかわかった気がする)  私は相手の特徴的な台詞回しに対し「そんな装備で大丈夫?」と聞いた。マーカスは、お茶のカップから顔を上げて、湯気越しに笑って言った。「一番良い武器を頼む」うん、だいたいわかった。  ――なに? いまのどういう会話?  動揺しきりのローランドくんに、元ネタとなっているゲームのセリフで「神は言っている、君はここで死ぬべきではない、と」と胸の内で答えて「僕死ぬの????」と聞き返されたが、黙殺。  ところはマーカスの研究室。  いかにも魔術師といった本の詰まった書棚や実験器具、鉢植えの植物に、天井にはドライフラワー。光の差すアーチ型の窓のそばに、ちんまりと置かれたテーブル。ローランドくんは椅子に座り、マーカスは少し離れた位置にマグカップを手にして立っている。 「ある日突然、俺は前世で読んだ『光と闇のカデンツァ』の魔術師マーカスに転生していることに気づいた。記憶が戻ったときには感動したね。俺はもうありとあらゆる角度からカデンツァを味わい尽くしたガチ勢だったから、この世界でマーカスとして生きられるなんて、ファン冥利に尽きると思った」  マーカスが、声優さんと同じ声で語りだした。ローランドくんは耳を傾けつつ、カップを持ち上げてお茶を飲もうとした。 (待って、ローランドくん。こういう世界観だし、出されたお茶を素直に飲むのは良くないと思う。睡眠薬と麻痺毒、もしくは媚薬なんかが混入していて、飲んだ瞬間『アっ……体が熱い……ッ』なんてことになりかねないから。そしてエロい罠が襲いかかってくるの)  ローランドくんはものすごい勢いで手を引っ込めた。王様付きの従僕なのにこのチョロさ。今までの関係性から、マーカスに対して警戒心がなかったのかもしれないけど、中に人がいるとわかった以上、安全が確認できるまでは気をつけた方が良い。 (中の人、たぶん男の人だよなぁ……)  私の探るような視線に対し、マーカスは見惚れるような美貌に妖しい笑みを浮かべて口を開いた。 「記憶を取り戻した俺が真っ先にしたこと。それは騎士団長のエイブラハムを落とすことだった」  お茶を飲んでいたら、噴いたと思う。 「アーサールートでは受けの筋肉ガチムチ騎士団長エイブラハムを!? マーカスがすでに落としちゃったの!? それ私の解釈違いでなければ快楽……、えっと、恋愛的な意味で結ばれたってことだよね? 合ってる?」 「合ってる。マーカス×エイブラハム」 「中の人の好みがそうだとしても、もう少し公式に対しての遠慮というものは……。マーカスとして生を受けたからには、正ヒーローのアーサーを落とそうとは思わなかったんですか」  つい責める口調になった私に対し、マーカスは「わかってる、わかってる」と言わんばかりに頷いた。 「俺は発売されていたすべてのルートを全部五回以上は読んで読み尽くしていた。リリアンルートまで」 「あれ、リリアンルートも? じゃあ私と転生のタイミングが違うんですね。後から来て、先に目覚めた感じでしょうか。私が向こうで生きていたときには、まだリリアンちゃんは発売前でした。といっても私はそれほど原作は……」  カデンツァガチ勢を前に、私はついつい言葉を濁してしまった。知識の乏しい私が、「原作を尊重しろ」と言うのはいかにも白々しい、と及び腰になる。  一方で、マーカスはそれより「タイミングが違う」の方に意識が向いたらしかった。 「そっか。君もローランドルートは未知なんだね。知りたかったなぁ……。俺が向こうで死んだ後、原作はどういう展開を迎えたのか。アニメ化は言うに及ばず映画化・舞台化・ハリウッド実写化……」 「待って。実写化は何かと荒れる」 「ああうん、そうだね。そこはまぁ置いておくとしても。確実に発売予定があると言われていたローランドルートに関して、俺はどうしても読んでみたかった。だから、自分がマーカスに転生していると気づいたときに、まず注目したのはローランドだった。そして、アーサー王との関係性を見たときに『いける』と確信した。あ、それとは別にこの体でエイブラハムを落とすのも既定路線だったけど」 「な……に……? どういうこと?」  情報量が多い。なんでエイブラハムネタまで盛り込んできた? ひとまずとっかかりを見つけようと聞き返した私に対し、マーカスは瞳に強い力を宿して声高に言い放った。 「俺は!! どうしても!! 自分が向こうでついに読めなかったローランドルートが読みたい!! たとえそれが男装女子ルートだとしても!!」 「カデンツァファンとしてそれで良いんですか!? すでにリリアンルート履修済みで耐性があるのかもしれませんが、ローランドルート、BLじゃないですよ……!?」  はからずも。 (男装女子だと認めてしまった……。この世界観ではすでにマーカス×エイブラハムで攻略対象外れているっていう安心感のせいか、認めてしまった……。マーカスの中の人が転生腐男子だって気づいていたのに、つい)  言ってしまった、とばつの悪さを感じている私に対して、お茶のカップをどこかに置いたマーカスは、力強く言った。 「BLか非BLかはもう問題じゃない。俺は、知りたいんだ、ローランドルートを……。そのためにはどんな尽力も惜しまない。俺は一途推しだけど、もしゴドウィンが邪魔だというのならこの顔と体で陥落させる。だから、頼む。君は脇目も振らずローランドルートを突き進んでくれ……!! 今ならアーサーは誰とも結ばれていないし、どう見てもローランドに対して強い執着を見せている。いける、いけるんだ……!!」  金の瞳をまばゆいほどに輝かせ、熱に浮かされて訴えかけてくるマーカス(の、中の人)。  この体で十六年間生きてきて、アーサーに恋焦がれてきたローランドくんは、いまやすっかりその気になってマーカスを見つめている。 (最大の秘密である男装女子であることに理解を示した上で、最愛のひとであるアーサーとの恋路を、ここまで熱烈に後押しされたら)  ローランドくんは、切実な声でマーカスに訴えかけた。   「僕は……、アーサー様のことが好きです。でも、誰にも言えないと思っていました。どんなにそばにいても、手が届かなくて。いつかアーサー様がどこかの姫君と結ばれるのを見ているだけ。あ、ええと、姫ではなく男性と結ばれる可能性が高いというのはついさっき知ったんですけど。とにかく、僕は決して選ばれないとずっと諦めていて」 「ローランドオオオオオオオオオ!! 諦めるな!! できる!! 君はできる!!」  優男系のマーカスから野太い怒号が響いて、私は正直びびっていたけど、ローランドくんは勢い込んで拳を握りしめ、立ち上がった。 「ありがとうございます、マーカスさん!! 僕、アーサー様への思いを諦めません!!」 「もう一声!! 落とすと言ってくれ!! 頼む!!」 「恐れ多いですけど、射止められるよう全力を尽くす所存です!!」 「その意気だ!! 体を使えばいける!! 体で!!」 「体で!!」 (あ~……チョロインのローランドくん、トリッキーな転生腐男子に勢いで何か言わされているけれど……気づいてる? 体ってことは年齢制限展開かもよ?)  私は心の中で、「ふうやれやれ」と肩をそびやかした。  この世界に存在しているカデンツァの信者に「むしろ見たい」と涙ながらに(※比喩)後押しされてしまったということは、もうBLファンを気にするターンではないのかもしれない。ローランドくんがアーサーと結ばれる、未知の世界をファンに見せること。それが大事なのかと。 (まずはアーサー様と会ってみよう。アーサー様の気持ちを確かめなきゃ)  心に決めたけれど、その前に。  喉が渇いていたので。  さめつつあったお茶のカップに手を伸ばし、ひといきにぐいっと飲み干した。
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